8:私の姉上


ここにやってきて暫く経つけれど
実は私とレイジ君には小さなひみつが一つある。




「花子さん、あの…」



「ん、いいよ。レイジ君…後で私のお部屋に来てね?」



小さく咳払いの後に申し訳なさそうに眉を下げて私に何かを伝えたがるレイジ君に一つ苦笑して
いつもの様に私も内緒話のように彼にしか聞こえないように言葉を紡ぐ。
こういう事は大体頻度としては二週間に一度くらい。






「…穀潰しも弟もああなのでしっかりしなければいけないとは思っているのですが……申し訳ありません花子さん。」



「いいよいいよ全然気にしてないよ?寧ろいつも私だってレイジ君に頼りっきりだし、コレ位させてよね。」




なでなで
うとうと




私の膝の上で仰向けになってすごく申し訳なさそうに言っちゃうレイジ君に苦笑してお疲れモードの頭を優しく撫でてあげれば心地よさそうに細められる瞳。
いつものトレードマークである彼の眼鏡は今机の上なのでレイジ君の表情は少し幼く見える。



いつだってシュウ君の補佐や弟君達の後始末、あと未だに魔界に慣れていない私のサポートとそりゃもう毎日寝てる暇あるの?って位働いちゃってるレイジ君の二週間に一度の休憩タイム。


以前喫茶店でお話した時は「自分も甘えていいか?」と聞いてきたくせに実際は弟に示しがつかないとかそんな理由で一度も甘えて来なかったのでちょっと前に無理矢理甘やかしてあげればどうやらそれがクセになってしまったみたい。
けれど遠慮がちな彼はそれでもこうして月に二度程度しか甘えてきてくれない。




「あのさぁレイジ君、せめて週一で甘えてきてもいいんだよ?私、頑張ってる子甘やかすの好きだし。」



「……嫌ですよ。そんなの気を抜いたら穀潰し二号になってしまうじゃないですかアレと一緒だなんて私のプライドが許しませんよ。」



「ええと、それはつまりホントはもっと私に甘えたいけどシュウ君とお揃いになっちゃうのがヤダって事かな?」




彼の棘のある言葉を私なりに噛み砕けばぼふんと赤くなる顔に苦笑。
ううん、いつもみんなの面倒見ちゃってるレイジ君だけどやっぱり彼も吸血鬼の法則に漏れずとても可愛らしい。



「だーいじょうぶだよ。レイジ君はもうちょっと甘えてもシュウ君二号にはなんないよ。ていうかレイジ君はレイジ君じゃない。」



「………私は貴女のそういう何気ない一言が苦手だ。」




苦笑を止めずにそのまま頭や頬を撫でてあげれば彼も困ったように微笑んだけれどきっと嫌ではなかったのだろう。
だってちょっぴり未だに頬が紅いもの。


今まできっとシュウ君ばかり注目されていたから彼は彼自身を見つめられるというのが苦手なようで…
こうして【彼自身】の存在を見ているような言葉を紡げば嬉しいようなくすぐったいような笑顔を見せてくれる。




「レイジ君偉い、えらい。いつもありがとう。」



「………子ども扱いしないで頂きたい。」



「ええ?レイジ君は子供だよ。少なくとも私よりはね。」



むすっとちょっと不機嫌になっちゃったレイジ君に対してクスクスと笑ってしまう。
だってなんだかんだ言ってシュウ君の弟じゃない。
私、頼んないけれどこれでも成人済みなのだ。




するとレイジ君は何を思ったのかもぞもぞと体勢を変えてぎゅっと私の腰に抱き付いてそのまま私のお腹に顔を埋めてしまった。
…きっとこれが今の彼なりの精一杯の甘えなのだろう。



「……シュウには、穀潰しには内密に。」



「………ふふ、はいはーい。大丈夫だよ、おねえちゃん口は硬いからね。」



自分のこういうトコ、特にシュウ君には知られたくないみたいで
レイジ君のそういうちょっと幼い気持ちが可愛くて呑気な声をあげてみる。
うん、レイジ君でも気付いていなんだなぁ。
彼の未だに幼い部分を見る事が出来て満足気に微笑めば恥ずかしかったのかその紅い瞳がじとりとこちらを睨みつける。




「………ホント、お願いしますよ?姉上。」



「んー…ふふ、言わないよ、私からは。」




ちょーっと意味深な言葉を投げかけても今は恥ずかしさで余裕のないレイジ君は私のそんな言葉の裏は見抜けない。
そして彼の口から発せられた【姉上】という言葉。


シュウ君の前でも弟君達も前でも…勿論他の従者さんの前でもずーっと【花子さん】としか呼ばない彼の口から紡がれるその特別な言葉は「今から沢山甘えます」の合図。
私はその言葉を合図に自らもぎゅーっと頑張り屋さんのレイジ君の体を抱き締めてあげた。








「花子、」



「あ、シュウ君。」



「ん」



一通りレイジ君を甘やかした後にタイミングよく入って来たシュウ君が何も言わずにぽすんと私の膝に頭を埋める。
それは先程レイジ君が頭を乗せていた側の膝で…
実はレイジ君が甘えた後は必ずこうして彼は上書きをするようにレイジ君を甘やかした膝に頭を乗せて今みたいにぐりぐりと動かすのである。



あのね、レイジ君…実はシュウ君知ってるんだよ?



「ふふ、やっぱりシュウ君はお兄ちゃんだなぁ。」



「………レイジには絶対言うなよ。」



「わかってまーす、お兄ちゃん。」




きっとレイジ君の頑張り、シュウ君はちゃーんと見てるから…知ってるからこうして私がレイジ君を甘やかすのも、レイジ君が私に甘えるのも何も言わずに了承してくれてる。
…まぁそれでもこうしてレイジ君の香りを消そうと必死にすりすりしてきちゃうのは相変わらずの甘えん坊ではあるが。



「シュウ君、かっこいいね。」



「?花子の格好いいの判断基準、よくわかんない。」



私の呟きにホントに頭にハテナマーク浮かべて聞いてきちゃうシュウ君に苦笑。
行動は相変わらず可愛いんだけど…でも、うん。
こうして自分じゃ言わないけれどちゃーんと弟君の頑張りにご褒美をあげてるシュウ君は本当に素敵なひとだって思うよ。



「私もレイジ君もシュウ君の部品で良かった…」



「…花子は俺の核部分だろうけどレイジは端っこだな。」



「もう、素直じゃないなぁ。」



クスクスと互いに微笑み合ってそっとキスをする。
これからは私とシュウ君の時間。
弟君を甘やかすお姉ちゃんじゃなくて、最愛を愛する恋人としての時間だ。




「ねぇ、花子…俺にも“おつかれさま”って」



「はいはい、お疲れ様シュウ君…だいすきだよ。」




レイジ君にばっかり労いの言葉を言ってる私に同じ言葉を懇願しちゃうシュウ君に言われるがままに言葉を紡ぐ。
いつだって眠ったり私に甘えたりの彼だけれど…
やる所は文句を言いながらもしてくれてる事、私も知っている。



だって貴方は器。
大きな器。
不本意でも背負っているものは私達に比べてきっと計り知れない。




だからせめて、貴方の愛しの部品はこうして全力で愛でで甘やかしてあげるね?



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