9:嗚呼、愛しの愛娘!!
「ようやく君と会えたね花子!嗚呼、紅茶のおかわりいるかい?それともお菓子?」
「ええと、」
「そうだ、ここの生活で苦労はないかな?もし花子を悪くような輩がいるなら王様潰しちゃうよ?」
「あの、」
「はっ!折角だから今度可愛らしい洋服を買いに行こう。大丈夫、お金の心配はしなくていいからね?」
「は…ははは、」
さっきからずっとこの調子なんだけど、どうしようか。
最後の顔合わせ…すなわち、シュウ君のお父さんに面会に来たのだけれど
実はここに来るまで非常に勇気がいったのだ。
だって話を聞けばシュウ君のお父さんは吸血鬼界の王様って言うじゃないか
彼が貴族だって言うのは分かってたんだけど
まさか王の息子だったとは思わなくて、その話を聞いた時は流石に固まってしまった。
そしてそんな私の様子を見てシュウ君が「花子がいやなら今すぐにでも家を出る」とか言いだしたので慌てて「平気!」って言ったけど
平気な訳はない。滅茶苦茶緊張した。
シュウ君のお父さん…カールハインツさんは全てにおいて万能でそれでいて冷酷非道で残虐、神に最も等しいひとって聞いたから…
そんな彼に只の一般人の私がご挨拶とか…
もしかしたら出会い頭に首切られるんじゃないかって思うと怖くて今まで面会を先延ばしにしてきたけれど
そろそろそれもかなわなくなって、遂に今日…この大きくて重い扉を開いてしまったのだ。
………のはいいんだけれど。
「独りきりで眠れない時はあるかい?もしあるなら大きなぬいぐるみを用意しようか?」
「だ、大丈夫ですよ!!」
「魔界にも化粧品や装飾品、素敵なものが沢山あるから今度一緒に城下街まわろうね。案内してあげるから。」
「王様直々にですか!?」
「もう、王様だなんてつれないなぁ。お義父さんって呼んでくれていいんだよ?花子」
「お 義 父 さ ん !」
王の間にお邪魔するや否やこの状態だ。
執務をこなしていたであろうカールハインツさんは私の姿を捉えた瞬間、高価そうな万年筆をぽーいっと放り投げて、従者のひとにお茶会するから用意しろって指示を飛ばし、今に至る。
目の前にはキラキラと宝石のような可愛らしいお菓子が沢山。
ふわりと香るのは何処か落ち着いた優しい紅茶の香り。
そして目の前には先程から大はしゃぎの冷酷で非道のはずのヴァンパイア王
まさかいきなりここまで歓迎されるとは思ってなかったので拍子抜けもいいところである。
ホントはもっとこう…恐ろしい雰囲気の中の対面を覚悟していたから。
彼に聞こえないように小さく息を吐けば金色の瞳が細められてクスリと笑われてしまった。
「どうして私がキミをここまで歓迎しているか、分かっていないという顔だ。」
「え、」
「花子…君は自分が何をしたか自覚はあるかい?」
彼の言葉の真意が掴めず思わず黙って首を傾げると
今度はふわりと頬に冷たい感触。
嗚呼、やっぱりヴァンパイアの手って冷たい。
「君は只の人間にも関わらず王の息子を夢中にさせた」
「……、」
「そしてそれだけでは飽き足らず、心も…魂さえもあのパーティの日、奪い去ったね。…それも正面から堂々と。」
「……カールハインツさん?」
ゆるゆると撫でられる頬はくすぐったくて
けれどその瞳に捕えられた体はピクリとも動かない。
しかし感じるのは恐怖心でも危機感でもなく、穏やかで優しい安心感だ。
「ねぇ花子、只の人間の君がここまでシュウを奪うだなんて…すごい事なんだよ?」
「奪うだなんてそんな、」
「いいや、奪った。シュウを悲しみと絶望から…そして私の敷いたレールの上からね。……だから私はそんなキミに敬意を持っているんだ。」
その言葉から察するにきっとカールハインツさんはあのパーティで本当にシュウ君の花嫁を決める気だったと悟る。
そして同時に自身の行動がどれほど重大で大胆だったかと言う事も改めて自覚する。
…けれど後悔はない。
結果、私はあの甘えん坊のシュウ君の傍に永遠にいてあげる道を選べたのだから。
そっと手を取られて静かに王の唇がそこに落ちた。
手の甲へのキスは確か敬愛と言う意味があると、何処かで聞いた気がする。
「王の私のシナリオを台無しにしてもっと素敵に書き替えてくれた君を歓迎しない訳がない。……そうだろう?」
穏やかな声色でそう言われてしまえばもはや変な緊張もほどけて
次第にいつもシュウ君や弟君達と一緒に居るような笑顔になる。
カールハインツさんはそんな私を見て一緒にふにゃりと微笑んだけれど、その笑顔はやっぱり可愛くて
嗚呼、もしかしたら王様がこんなに可愛いから他の吸血鬼達もみんな可愛いのかなぁなんて…失礼ながらに思ってしまった。
「あの子を…シュウを宜しく頼むよ。」
「任せてください。カールハインツさん」
「だから…お義父さん、だよ?」
ふにっと唇を綺麗な指で抑えられてお咎めを受けるけれど
なんだかこの空間が楽しくてお互いに苦笑。
嗚呼、何だか素敵なひと…お義父さんでよかったかもしれない。
「嗚呼、そう言えばシュウ達は花子に溺れるほど沢山甘えているようだね。」
「?ええ、そうですね。」
「…………ああ、疲れた。つかれたなー。王様、沢山の執務と反抗期な息子6人も持って疲れたなー。」
「ぶふっ!そ、そんなちらちらしなくても私でよければいつだって膝枕位しますよ、お義父さん。」
何を思ったのか大袈裟にそんな事言っちゃう王様が可愛すぎて
思わず吹き出し、彼を改めて“お義父さん”と呼んであげれば嬉しそうに笑っちゃう王様に再び苦笑。
ああもう、ホント…シュウ君のお父さんって感じだな。
その後カールハインツさんに膝枕してあげた事実をシュウ君がかぎつけて
「ヴァンパイアにとって死は祝祭だから今から親孝行してくる」
と言い出したのを宥めるのに5時間かかったのはまた別の話。
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