9:私を信じなさいな。


「ぁー…」


冬の寒空の下、学校の校舎裏でぶっ倒れながら小さく呟いてみる。
今夜はどうやら皆様気が立ってらっしゃったらしい。おかげさまで体動かねぇよチクショウ。

定期的にこういう事は行われている。
所謂集団リンチというやつだ。これだからアイドル様の彼女と言うのは苦労する。
彼の恋人になってからは妬み僻みがとんでもない。人気者って辛いよね。

取りあえず今日はそんな女の子達の機嫌が悪かったらしくいつも以上に殴られまくってもう体を動かす力も出ない。
某大天使じゃないけど今はもう何もかもめんどくさくて私は重たい瞼を目を閉じた。


「今回もまた派手にやられたな…」

「はっ!その声は、救世主様参上ってやつですか!」


「誰が救世主だ誰が…」



目を閉じたまま、体力の回復を待っていると
頭上から降って来た聞き覚えのある声にそのままいつもの様に馬鹿げたテンションで叫んでみる。

呆れたような溜息と共に降って来た冷たい手。
こういう時に彼らがヴァンパイアなんだと自覚してしまうなぁ…なんて。


「ルキさん、今私起きれないんですよ!ヘルプ!助けて!」


「お前…、わかった。じっとしていろよ。」


「ぎゃぁぁぁ!痛い痛い痛い!もっと優しく抱いてぇぇぇ!」


「誤解を招くようなことを大声でわめくな…」



抱き抱えられた部分に激痛が走る。
くっそ、結構痣が多いなぁ…隠せるかなぁ。



「なぁ、花子…」


「ウス。…って、傷撫でないでくださいよ痛いって言ってるじゃないっすか!」


「お前は…コウと別れないのか?」


小さな声でそう呟かれて思わず体を硬直させてしまう。
そして大袈裟にため息。


「なーんでですか!私コウ君の事こーんなに愛してるのに!お父さん、コウ君を私に下さいっ!」


ルキさんに抱えられたままバタバタと痛む足を泳がせる。そしてバシバシと彼の胸板を思いっきり叩く。

「お前は人間だ。毎回このような傷を付けられて…苦しいとは思わないのか?」


「え、私にそんなセンチメンタルな思考回路が備わってると思ってるんですか?」



キョトンとした顔を作ってルキさんに返すと
彼は盛大な溜息。
そして私を抱えている為両手がふさがっているからか何と私の額に頭突きをかましてきた。


「ぃ…!いったぁぁぁぁあ!?」


「強がるな馬鹿。こんな時くらい泣け。」



少し怒ったような表情に
私は一瞬本当に泣きそうになったったけれど
何とか平静を装って穏やかな微笑みで返す。


「花子ちゃん…?え、何その傷…ていうかルキ君…?」


「…コウ君」


校舎裏から出てきたところを運悪くもコウ君に見つかってしまった。
一瞬彼は驚いたように目を見開いていたがその瞳は見る見るうちに冷めたものへと変わっていった。
あ、やべ。コレ絶対誤解しとる。

まぁ、ボロボロで傷だらけの私を抱えてルキさんが校舎裏から出てくれば
見ようによってはやっちゃったって見えるもんな。


「ふーん…花子ちゃん、いや、オマエ…ルキ君目当てだったんだぁ」

「…は?おい、コウ。これは…」


「あーあーあーいやいや、いいよいいよルキ君だいじょーぶ。ソレ、あげるからさぁ」



虫けらを見る目で私を見下して早々にこの場を去るコウ君を見送り、私は小さくため息を吐く。


「すまない…誤解は俺が解いておこう。」


申し訳なさそうにルキさんが言うから
気を遣って無理矢理微笑んで見せた。




「…わぉ、コレアズサ君コス出来るんじゃね?どどど?似合う?似合う?」


「花子さん…」

家に連れて来られてからアズサさんに傷の手当てをしてもらったのは良いけれど
どうやら随分と傷を作られていたようでもう包帯が全身ぐるぐる巻きだ。わざと滑稽におどけて見せてもアズサ君はとても悲しそうな顔を崩さない。
…困った。


「ええと、アズサ君。手当ありがとう。」


「暫く…外に出ない方が、いいかも」



そっと首に巻かれた包帯越しに撫でられて力なくふへへと笑って返事をする。
まぁそれもそうか。こんな恰好で外出たら学校中で色々話題になってしまう。仕方ないが今回は彼の言う事に従っておくとしよう。


部屋の外でルキさんとコウ君が激しく口論しているのが聴こえる。
まぁ彼の性格だ、ルキさんの言う事だけで誤解が解けるとは思っていないが私が今行ったところで逆効果だろう。そんな事を考えていると乱暴な足音が足早に近づいてきて勢いよく扉が開かれる。


「…コウ、」


「アズサ君ゴメン、コイツと二人きりにさせて。」


アズサ君はそんなコウ君に黙ってうなずき、ゆっくりと私の部屋を後にした。
そして広がるとんでもない気まずい沈黙。
何を話せばいいのか分からなくて暫くの間口を噤んでいるとそれを破ったのは意外にもコウ君だった。


「あーもう!」


「…!いてぇ!」


苛立ちを隠さないで大きな声で叫び思いっきり私をベッドに押し倒した。
掴まれた肩がズキリと痛んで思わず色気のない声で叫んでしまう。

「お前なんて…!お前なんて!」

ギリギリと私の肩に食い込む細くて長い指。
くっそ美形はどこまでも綺麗だなムカつく。
そんな事を思いながらもその苦しそうな表情が…


「やべぇ萌える。」


「…!そーいうの、どうにかなんないわけ!?」


怒りに満ち満ちているコウ君がまた大きな声で叫んだけれど私はそれどころじゃない。

「お前なんて不細工だし、スタイル良くないし、頭おかしいしなにもいいところなんてないのに!なのに…なのに…っ!」

頬、首、胸元、腕、腹、足、と
そっと撫でながら今にも泣きそうな瞳はゆらゆら揺らいでいた。


「俺は、どうして…キミの事、こんなにも…!」


「コウ君…」


「この傷…全部俺の所為なんでしょ?ごめん…ごめんね…」



ポロポロと綺麗な瞳から涙が溢れて私の頬へ伝い落ちる。それはとても綺麗な光景で、私は思わず


「ちょ、ちょ…!花子ちゃん!?」


「あーもうコウ君可愛いマジ可愛い。その可愛さマジギルティていうか抱き締めるこの腕さえもいてぇくっそでも今はそんな事はどうでもいい」


思いっきりコウ君を手足を使って羽交い絞めにしてぎゅううっと力を込めると傷付いた手足に異常なまでに激痛が走る。
けれどそんなの今はお構いなしだ。私は常に萌えを最優先をする女だと言う事を忘れてもらっては困る


「もうこんなクソ可愛いコウ君見れるんなら私毎日でもリンチ受けるわー上等だわー。」


「そんなの…俺がやだ。」


ぎゅうぎゅう抱き締めれば私の腕の中でおとなしくしていたコウ君が拗ねた子供の様に小さく呟いた。


「…ていうかずっとこんな事されてたのにどうして花子ちゃんの考えが読めなかったんだろ」


「それは私が常に私が萌えの事しか考えてないからじゃないかな。ていうか痛い。」


私を抱き起して後ろから今度はコウ君がぎゅうっと私を抱き締める。その力が以外にも強くて私が不満を漏らしてもそれは緩められることはなく更に強くなる。


「痛がっときなよ。俺、ルキ君と出てくるの見た時ほんと胸超痛かったし」


「そんなのコウ君が勝手に誤解しただけでしょーがいてててて!」


「おりゃぁぁぁ!」


私のリアクションが気に入ったのか
ご機嫌に思いっきり抱き付いてくるコウ君が今かなりむかつく。腹が立ったので自由の利く頭で思いっきりコウ君の顎に激突してやる。


「いった!何するの花子ちゃん酷い!」


「こうやってさぁ女の子達にボコられたり悪口言われたりしても耐えてるのってコウ君の事相当愛してるからなのにルキさんとの仲を誤解されちゃう私ってかわいそうだなーって思って」


「そ、それは…」



かなりばつの悪そうに視線を泳がせる彼を見て
思わずうははははと笑ってしまう。



「お前が愛した女位信じようね?」




そう言ったら彼は真っ赤になって小さく頷いた。



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