7:耳元のまじない


人間の子供にとって楽しいはずの遊園地の前で震えていた花子の足…
それがどうしてだか数日経っても頭から離れなくて。




私はひとつ、彼女に課題を持ち掛ける事にした。




「レイジの弟さんに?」



「ええ。知識はほぼ身につけましたが花子……コミュニケーションは私以外と取ったことがないでしょう?」




とある夜の日、私の話に彼女は相変わらず私の渡した本と睨みあっていた顔をこちらへとむけてくたりと首を傾げた。
彼女は奴隷市場出身なので他人への…人間への恐怖心が拭い切れていないのだろう…
ならば、多少…いや、かなり性格に問題しかないが人外で、多少なりとも彼女の主人である私と面識がある者と接触をするところから始めればあるいは…





もしかしたら、少しくらいは
大勢の中で足は震えなくなるかもしれない。




「私の所有物である以上、きっちりと淑女らしくして頂かないと困りますから…そう言った類もキッチリして頂きますよ」




「そ、そうだね……頑張る、」




「…………まぁ相手は私の弟ですし、お気軽に。吸血や花子の命にかかわるような事はするなと念押ししてますのでご安心を。」






自身の中に芽生えている彼女への親心のような感情をごまかす様に
冷たい言葉を放ってしまえば花子はやはり少しばかり寂しそうに笑ってしまったので
慌てて咳払いの後、あまり緊張はしなくていいと…安心していいとだけ伝えて静かに扉を開けた。





まぁ、私に隠れて復習を繰り返している時に彼女は何度もこの部屋から出てはいるのだが
こうして私から促されて出るのは初めてだろう…ちらりと花子を見やればあれほど緊張するなと言っていたにも関わらず体がガチガチにこわばっている。




「はぁ………花子」



「え、あ、は、はい!」




頭では理解していても、どうしても体は正直な彼女にひとつため息をついて
そっとそのガチガチにこわばっている肩に手を置いて耳元でひとつ、らしくないまじないの言葉。




「安心なさい……私が付いていますから。」




「!……うんっ!」




すると花子の表情は先程までと打って変わって、とても嬉しそうなものへと変わり
肩の力も、体の力も静かに和らいで自ら扉の外へと足を進めてしまったので彼女に気付かれないように小さく吹き出してしまった。





嗚呼、本当に
彼女にとって私の言葉は神の言葉らしい。




「レイジの弟さんって位だから皆すっごく紳士でスマートで言葉遣いも丁寧なんだよね…」



「……………あの、花子。やはり扉、閉めましょうか。」



「え、な…なんで?わ、私まだレイジの弟さんに会える程教養なってないかな」



「いえ、どちらかと言うと私の弟の方を心配しています。」




扉へ向かう彼女の後ろからついていけば吐かれた爆弾発言によって今度は私が体を固める番だ。
嗚呼、これが俗に言う子供の夢を壊したくないと言うものだろうかいや花子は私の子供ではないが。




私の言葉をまげて捉えてしまった彼女が必死に「だったらもっと勉強頑張るから」と訴えてきてしまったのでもうあとには戻れない。
先程言った通り、彼女への教育なんてほぼ終わってしまっているのだから。




「はぁ、こうなるのだったら花子だけじゃなくて彼らにもスパルタ教育をしておくべきでした。」



「え、え?ど、どういう事?」



「………会ったらわかりますよ。嫌でもね、」




頭を抱え、普段逆巻家の恥さらしな行動しかしていない弟達の顔を浮かべ、二度目のため息。
花子に危害を与えるなと釘は指しているがどうせまた一波乱起こるのだろうと思うともはやため息が止まらない。
だが、それでもそんな波乱よりも私は彼女の震える足を改善したくて仕方がないのだ。




「さて、覚悟はできました。参りましょう。」



「な、なんでレイジが覚悟を決めているの?わ、私じゃないの覚悟決めるの。」



「口答えは許しませんよ。ホラ、花子…足を進めて。」





ここまで偉そうに彼女に色々教え込んできた私の弟達が
教養もなにもあったもんじゃないと露見してしまうリスクを受け入れる覚悟をして
どちらかと言えば彼女よりも私の方がこれは勇気のいる選択だったと、もう何度目かわからないため息を吐きながら
花子と一緒に一歩、部屋の外へと足を踏み出した。





………ここで教養がある者として、
兄である奴を思い浮かべてしまった自身に少し、もやががっか感情が静かに渦巻いてしまったのには気付かないふりをしたい。




戻る


ALICE+