9:いつか着る青
「…………何なんですか?コレ。レイジ…」
「……………花子です」
「ひ、ひらひら!」
どうしていつも私の計画はこうも順調に進まないのか……
ライトを漸く追い払った後に今度こそ暴力的ではあるがまだ少しばかりまともであろう末っ子の元へと向かおうとした矢先に廊下でばったり会ってしまった
一度逆上してしまっては止まらない問題児二人目四男の彼。
「カナト…どうしてこんな所にいるのです……今日は自室に籠ると言っていませんでしたか?」
「ええ、そのつもりだったんですが可愛い洋服を見つけまして…ほら、僕のお人形に着せてあげようと思って買ってきてしまいました」
少しばかり警戒をしながら、出会ってしまっては仕方ないと話を進めていれば
片手には相変わらず彼の相棒を腕に抱いているがもう片方の手には可愛らしいフリルをふんだんにあしらっている洋服が大きな存在感を示していた。
そしてそんな今まで本の世界でしか見たことがなかった洋服に先程から花子は興味津々である。
「嗚呼、もしかしてその子……レイジが言っていた花子って人間ですか?」
「!は、はじめましてっ」
「煩いですよ」
「…っ!」
ちらりとそんな彼女を見て呟いたカナトの言葉に緊張しながらも大きな声で挨拶をした花子に
相変わらずな態度で一蹴してしまう彼に対して大げさに体を揺らしてしまった様子を見てまた溜息。
嗚呼、だからライトとカナトは後の方に紹介したかったんだ。
「………それにしても君。たかが人間とはいえ、随分と格好がみずぼらしすぎませんか?」
「え?」
「な…っ」
気まずすぎる空気の中意外にもそれを破ったのはいつもならすぐに逆上してヒステリーを起こすはずのカナトだった。
けれどその理由が私にとってはあまりにも心外すぎるもので思わず声を荒げそうになってしまう。
仕方ないでしょう……特にこれと言って花子はこれで不自由していないのですから適当にあしらった洋服で…と言うか私のセンスを遠回しに貶されている気しかしない。
ずいっと彼女に顔を近づけて上から下までまじまじと見つめるカナトに対して
花子はどう反応すればいいか分からず固まったままだが私はとても嫌な予感がしてなりませんよ…
「決めました」
「な、なにを決めたのですかカナト」
暫く花子を見つめた後ににっこりと笑顔になったカナトからご機嫌な言葉が紡がれて
ひくりと表情を引きつらせながら問うてみたら私の予感通りとても面倒な続きの台詞に私の胃がキリリと痛む気がした。
「僕が彼女に素敵なお洋服を見繕ってあげます。ね?たかが人間でも一応女の子なんだし…この格好は流石に可哀想ですから」
「……………好きになさい」
「お洋服!?こういうヒラヒラ!?」
嗚呼、何だか自身のセンスが世代違いだと
遠回しに……と言うか直接的に言われているように今日はカナトではなく私がヒステリーを起こしてしまいそうだ。
けれど……
「あれ?君も僕のセンスが分かるの?なんだ……とてもイイコですねレイジ。寧ろ今までどうしてこんな可哀想な格好をさせていたの?ふふっ」
「あっあっ、え……えっと、レイジが選んでくれた洋服も…すき」
「……………気を遣わなくて宜しい」
自身の世界観に嬉しそうな笑顔で覗き込んでくる花子に対して
同じくカナトも少し嬉しそうで……理由が私の服のセンスと彼らの価値観の違いと言うもので僅かながらショックを受けてしまうが
これでもきちんと花子のコミュニケーションの訓練としては成り立っていると思い、ここはカナトの兄として…花子の飼い主としてひとつ「解せぬ」と言う言葉をごくりと飲み込んだ。
………仕方ないじゃないですか。
私だってそんな幼子がどんな服を好むなんて知りませんよ。淑女相手じゃあるまいし…
ふと、
ご機嫌なカナトに手を引かれて歩く花子の背中を見つめ
あの子がこのまま問題なく成長したら……、きっと深い青のドレスが似合うのだろうと
そんならしくない事を考えてしまい、二三度ごまかす様に首を横に振り二人の後を追いかけた。
いつか、彼女が幼いフリルの海から抜け出して
本当に淑女になって青を纏って私の隣に……なんて
嗚呼、今日は本当に私の思考はどうかしているようだ
(「ああ、ホラ…やっぱり可愛い!花子はレース映えする顔だね…全く、今までレイジのダサいセンスの洋服を着せられて可哀想……虐待じゃないですか?」)
(「お、おもい……」)
(「今だって十分虐待ですよ。服の装飾が重すぎて歩けないじゃないですか。もっと動きやすくて可愛さはそのままの洋服に変えなさい」)
(「何だかんだでレイジだってノリ気なんですね……」)
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