頑張って?


「跪け。」


「…………、」



言われるがままその場に膝を折って彼の前に跪く。
恐ろし過ぎて目なんて絶対あわせられない。



じっと地面を見つめていれば長い溜息と共に頭に衝撃。
ビクリと体を揺らせば彼がとても低い声でこう言った。



「ごめんなさい、は?」


「さ、逆巻シュウ君!プロフィール!苦手なもの!甘いもの!」



大きな声で喚けば私の頭を掴んでいたシュウの手にぐっと力が入ってぷらーんと宙ぶらりんにされてしまう。
さ、流石吸血鬼!やるときはやるぅ!…なんて言っている場合ではない。非常に生命の危機だ。



「弟達に媚びとチョコを振りまいておきながら彼氏の俺には何もなしだと?どういった了見だ花子。」



「媚びてないし!だってシュウいつも甘いの嫌いって言ってんじゃん!」



必死に弁解するけれどシュウは全然聞いてくれなくてじとりとこちらを睨んでる。
だって仕方ない。
愛しの人の嫌いなものをわざわざ手づくりしてまで押し付ける勇気なんて持ち合わせてないもの。


そりゃホントはシュウに私の気持ちを込めたチョコ食べてもらいたかったけど
嫌いなもの無理して食べてもらっても…そんなの、


体が宙に浮いたまま落ち込んでいればシュウはまた長い溜息をついて徐に掴んでいた手を離す。


その勢いでぼとりと地面に落ちちゃった私にばさりとコートを投げかけた。
一瞬何が起こったのか分からずもぞもぞとコートの中で暴れてようやく顔を出せば
既に自身のコートを着ていたシュウがこちらをじっと見つめていた。


「えっと…?」



「花子、はやくして。」



「あ、う、うん!」


これからどこに行くのかとか全然教えてくれなかったけれど
これ以上彼のご機嫌を損ねたくなくて言われるがまま大慌てで自分もコートを羽織って大きな彼の後を必死でついて行く。




「…………コンビニ?」


「仕方ないから、今年はここで済ます。」



連れて来られたのはどこにでもある近所のコンビニ。
ぽかーんとしてる私をよそに既にバレンタイン当日だから売り切ろうと割引の値札がついてるチョコを一つ手に取ったシュウはゆるゆるとレジへ向かった。
…一体何がしたいんだろう。



そのまま店の外に出ららぽいっと先程買っていたチョコを渡されてしまい、どうすればいいか固まってしまっていれば
今度は徐に両手を私の前に差し出してきた。


「ん、花子の本命チョコ…頂戴?」


「え、」


それは甘酸っぱい青春の告白の真似事のようで…


でも、私の手にあるのはコンビニの割引シールが張られてしまってる個性も何もないチョコ。


こんなのをシュウに渡すの?…絶対ヤダよ。


チラリと彼の目を見ればどうしてか優しく微笑んでいて、私がこれを彼に渡すのをじっと待ってくれてる。



「花子、」


「や、やだ…こんなの、渡したくない。」



ああ、こんな事になるんならちゃんと作ればよかったなぁなんて
今更な後悔が全身を襲って気が付けばボロボロと涙を零してしまっていた。


「花子がくれるんならどんなものだって宝物だから、平気。」


「シュウ…、」


「ホラ、頑張って…?」



どこまでも優しい声は寒空の下よく響く。
そして冷たい身体の彼とは正反対の暖かいぬるま湯の様に固まった私の身体をいとも簡単に溶かすのだ。



「あの、ね…来年、はちゃんと…」



無個性なチョコを彼の掌に乗せながら必死に弁解しようとすれば塞がれた唇。
ああ、冷たい。
このまま全身を凍らせてしまいそうだ。
触れ合っていた唇は名残惜しげにゆっくりと離れていって、至近距離には嬉しそうな彼の顔。



「来年だって、その次だってずっとずっと…お前の愛しか受け取る気はないよ。」



「愛じゃなくてチョコだもん…」



「きこえなーい」



精一杯の反論さえ聞き入れてもらえなくて
そのままぎゅうぎゅうと抱き締められてしまう。



「あの、シュウ…ごめんなさい。チョコ、用意してなくて…」


「違うだろ?今言う事はそれじゃない。」



先程言えなかった謝罪の言葉を口にすればコツンと額を小突かれて
意地悪な笑みで私の言葉を引き出そうとするシュウは本当に意地悪。



意地悪でいて愛おしい。



「愛してる。これかもずっと一緒に居て…?」


観念していつも願っていた言葉を口ではっきり台詞にしてしまえば
彼は満足そうに微笑んで褒美と言わんばかりに優しくまた私の唇を塞いでしまった。



「よくできました」



愛おしい声が寒空に響き渡って聖なる恋人達の夜は更けていった。



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