愛の証
「んふっ♪明日はバレンタインかぁ〜。ああんもう今から花子ちゃんのチョコが楽しみで仕方ないよぉ!」
「やらん、絶対にだ。」
1人で物凄くはしゃいでるライト君を横目で見て溜息をつきながら彼の希望をばさりと切り捨ててやれば、先程まで幸せそうだった彼の顔が一気に世界の終りのような表情へと変わる。
…ちょっとおおげさすぎやしないか?
「な、なんでさ!花子ちゃんと僕は恋人同士でしょ!?なのにどうしてチョコくれないとか酷い事いうの!?」
「酷いのはライト君だよね。毎日毎日そこら辺のビッチちゃんとイチャイチャしちゃって、今日も沢山の女の子がライト君にチョコあげるって張り切ってたよ。」
そう、ライト君は私という彼女がありながらも平気で毎日毎日浮気しほうだいである。
いたずらっ子のまま年を重ねてきた彼だから、その行為が私を嫉妬させて彼へと意識を持ってこさせるものだって言うのも分かっている。
頭では分かっているが、私だってそうやすやすと割り切れるほど大人じゃない。
「いらないよぉ!僕は花子ちゃんのチョコだけが欲しいんだもん!」
「…じゃぁ、明日。誰からもチョコもらわなかったら、私のあげる。」
「ホント!?約束だからね!?んふっ♪」
私の提案にライト君はまた嬉しそうな笑顔になって鼻歌交じりでぎゅっと抱き付いてきた。
こんな事だけでも嬉しいと感じてしまう私は相当末期かもしれない。
そして2月14日当日。
いつもの様に登校してみれば案の定愛しのビッチちゃん達に囲まれる私の変態彼氏。
ああ、やっぱり笑顔は崩さないのか。殴りたい。
そんな事を頭で考えていると早速何人かが彼にチョコであろう可愛らしいラッピングをされた箱を差し出す。
するとライト君が一瞬こちらを向いてニッコリ微笑んで口パクで何か言ってる。
「や・く・そ・く・は・ま・も・る・よ。…か、」
少しばかり優しいその言葉を胸に抱き、私はじっと彼の行動を観察することにした。
困ったように眉をはの字に変えて苦笑するライト君は非常に可愛い。
「ごめんね〜。今回はチョコ受け取れないんだぁ」
あ、ホントだ。ちゃんと言った。
私の幼い独占欲から出た言葉を守ってくれるライト君が愛おしくて
あの後こっそり彼に内緒でチョコ作っておいて良かったなぁ…なんて思えば彼の次の言葉で早速撤回させられる。
「だからぁ…今年はチョコじゃなくて、君達をちょうだい?」
「逆巻ライトアウトォォォォオ!」
勢いよく立ち上がって彼の顔面目がけて教科書を力の限り投げつければ
それは見事にヒットして、「ぶっ!」と、間抜けな声が聞こえた。
そして私は酷く怒りに顔を歪めて彼に死刑宣告を言い放つ。
「ライト君最低。もうやだ、別れる。」
「え、ちょ、花子ちゃ…」
彼の言い訳というか声さえも聞きたくなくて
最後に盛大ににらみを利かせて教室を後にした。
「あーもう、ほんとあの吸血鬼最低だ。」
誰もいない保健室のベッドをお借りして突っ伏してしまえばそんな台詞。
全く、この恋人たちがイチャイチャする日に別れ話だなんて誰が想像できただろうか。
何だかんだで好きだったのは私だけだったのだろうか。
ライト君としては私も他のビッチちゃん達と同じだったんだろうか…
もうこれ以上考えを巡らせてしまえば泣いてしまいそうで、このどす黒い感情を大きな溜息と一緒に吐き出した。
「ねぇ、どうしてそんなに怒ってるの?花子ちゃん」
「…何のご用ですか、逆巻さん。」
突然ひょっこりベッドの端から顔を出したライト君をじとりと睨みつけて他人行儀すぎる受け答え。
だって仕方ない。もう私と彼は恋人同士じゃない。
けれど私のそんな台詞が不満だったのか、彼は唇を尖らせて拗ねてしまう。
「ちょっと何その呼び方。折角花子ちゃんの言う通りにチョコもらわなかったのに別れるとかいうしさ…」
「当たり前だよね。何が『今年はチョコじゃなくて君達をちょうだい?』だ。このクソビッチ野郎。」
するとライト君はまだ私がどうして怒っているのか分からないような顔できょとんと首を傾げる。
「どうして?体位いいじゃん。心は花子ちゃんのなんだし。」
…そうだった。
ライト君はこういう子だった。
私はまた大きくため息をついて彼の両頬をべちんと音を立てて勢いよく挟み込んだ。
すると彼は驚いたようにその綺麗な瞳を見開く。
「じゃぁさ、ライト君は私が他の子に抱かれても心はライト君のだから〜って言えば良いの?」
「やだよ!花子ちゃんは僕のだもん!そんなことしたらソイツら全員殺しちゃう!」
「そう言う事だよ、お馬鹿さん。」
私の問いに血相を変えて叫び散らす彼に小さくデコピン。
全く、自分の価値が身体だけでそれ以外で誰かを喜ばせる事が出来ないと思い込んでる彼氏を持つって大変。
きっとライト君的には折角用意してくれたプレゼントを受け取れない代わりのささやかな彼女達に対するお詫びだったのだろう。
けれどそんなライト君を心底愛しちゃってる私の事も考えてほしいモノである。
呆れて本日三度目のため息をつけば、酷く悲しそうなライト君。
…ん?どうしたって言うんだ。
「じゃぁもしかしなくても…花子ちゃんを怒らせちゃった僕は…チョコ、もらえないの?」
「…なんでそこまでチョコにこだわるの。」
すこしばかり疑問に思っていたことを投げかければ未だに悲しげな表情を崩さないライト君はとんでもない乙女発言。
「だって、今日のチョコは花子ちゃんの愛の証でしょ?…僕、花子ちゃんに愛されてるって証拠、ほしいんだもん。」
どの口が言うんだ馬鹿。
毎日私を放っておいて女をとっかえひっかえしてるくせに何が愛されてる証拠だ。
今まで貴方を捨てなかったって言う事実だけで、十分証拠じゃない。
それでも足りないだなんて、このヴァンパイアはどこまで強欲なのだろうか。
けれど、そういうとこ、可愛いと思うよ。
落ち込んでしまった彼の目の前に小さくてシンプルな箱を差し出す。
するとびっくりしたように目をパチパチさせて箱を私の顔を交互に何度も見つめる。
「欲しかったんでしょ?私の愛の証拠」
「花子ちゃん…!うん!ありがと!」
私からのチョコをぎゅっと抱き締めて心底嬉しそうに笑うから
仕方ないので今回の件は大目に見まくって許してあげよう。
全く、この歪んだ考えをもつ吸血鬼のお相手は酷く苦労する。
…けれど悪い気分ではない。
彼の無邪気な笑顔を見てもう本日何度目かわからない溜息を保健室へと溶かしてやった。
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