サヨナラ退路


「ルキ君ルキ君ルキくーん!今日は何の日でしょうか!?」


「………確か1994年に、にぼしの日となって、2011年にはふんどしの日ともなったような気が。」


「わ、私の手に持っているモノが煮干しかふんどしと言いたいのか貴様!」



思わず私を視界にとらえることなく言い放った彼に腹が立って読んでいる難しい本を取り上げれば大きな大きな溜息が出る。
そしてそのまま呆れたような視線が私を貫く。


「まさかとは思うが花子…貴様も他の女共と同じように俺にあまったるい菓子を寄越す気じゃないだろうな。」


「ううううるさい!そのまさかだよ!仕方ないじゃない大好きなんだもの!」


全く本当にこのドS参謀はいちいち言葉に棘と言うよりかは毒針だらけである。
まぁけれどそんな彼の態度だって私は大好き。
恋は盲目って、ホントよく言うよ。


上品な椅子に腰かけているルキ君の足元には今日女の子から送られてきたであろう大量のチョコレート達。


正直彼もうんざりしているのだろうけれど、私だって一般女子である。
好きな人にこういう日を使って愛を伝えたい気持ちを持ち合わせているのだ。


…べつにコレは私からルキ君への一方的な愛情表現だからこれから渡す手作りチョコがあの大量のチョコの山に放り投げられてしまっても仕方ない。


彼にとって私は一家畜に過ぎない事も十分に理解している。


「とりあえず受け取るだけ受け取ってよ!ほい!」


「……………、」


勢いよくチョコをルキ君の前に差し出せば、じっとソレを見つめて動かない彼。
あれ、まさか受け取ってもいただけないパターンですか?


予想していなかった展開にぶわっっと冷や汗をかいていれば今世紀最長じゃないかと思われるくらいの長すぎる溜息。
嘘、呆れられてる。コレは流石の私も泣きそうだ。


「…花子、」


「な、ナンデゴザイマショウ…ルキく、」


「俺は十分に逃げ道を用意してやっていたはずだが…?」



彼に名前を呼ばれて震える声で応えようとすれば塞がれてしまった唇。
突然のとこで固まればそのまま冷たい指でそこを撫でられてそんな台詞…
彼の言葉と行動が理解できずに只々呆然としていれば更に溜息。


「こんな日にこんなものを用意して…もう知らないからな。」


「え、は?ちょ…な、なに!?どういう事!?逃げ道とかもう知らないとか意味わかんないよルキ君!」


私の腰に腕を回し、強引に引き寄せたかと思えば持っていたチョコを空いていた手で取り上げて
ラッピングされたその箱に愛おしげにキスをする彼は何とも絵になってしまって思わず見惚れてしまう。
そんな私を彼は意地悪な微笑みで見下ろすのだ。


「花子は人間で、俺はヴァンパイアだ。…だからいつでもお前が離れられるよう、距離を取っておいてやったと言うのに」


「ま、まってまって…その言い方だとルキ君、私の事が好きみたいな感じになってるけどいいんですかね?」


「気付かなかった愚鈍な貴様が悪い」



いつもならこのタイミングで額を弾いてくるくせに、今両手がふさがってしまっているルキ君は代わりにと言わんばかりにそこへ小さなリップ音を立ててキスをしてきてしまった。


ちょっとまってちょっとまってちょっとまって。


急激な彼の愛情表現の嵐に私はついて行けないのですがどうすればいいですかセンセイ!


戸惑いを隠しきれない私のリアクションが気に入ったのかルキ君はとても楽しそうに笑う。


「花子自身が俺から逃げる術を断ち切ったんだ…これからは存分に俺に堕ちてもらうとしよう」


言葉はとても意地悪なのにどうしてだかルキ君、とっても嬉しそう。
もしかしたら、自惚れかもしれないけれど今日私からのチョコ楽しみにしてくれてたんじゃないかなぁ…なんて。
そう思うと自然と顔がゆるんでしまう。


「随分と嬉しそうじゃないか」


「だってルキ君が私の事好きとかもう…えへへ」


「あまり愛らしい態度を取ってくれるな」


愛らしいだなんてそんな事、今まで一度も言ってくれたことなかったって言うのに、こんな日にそんな台詞は反則だと思うの。
嬉しくて恥ずかしくて幸せで私は自分からもぎゅうぎゅうと精一杯彼に抱き付いた。


「…………花子、一つ提案なんだが。」


「ん?なぁに?ルキく…んぅ、んん…」


彼の言葉に顔を上げた途端に深く深く口付けをされてしまいうまく息が出来ない。
そしてそのままされるがままに床へと押し倒されてしまった。
ゆっくりかばいながら倒されたので痛くはないのだけれど…身の危険はとても感じてしまう。


「俺は今非常に舞い上がってしまっているから、その感情のままお前を抱こうと思うのだが…どうだろうか」


「ルキ君ルキ君、その顔でその声で、その台詞は非常に反則です。」


愛おしげに見つめて柔らかい声で、そんな言葉。
これで拒める女の子がいるのだとすれば会ってみたい。
観念して小さく一つ息をついて彼の首に腕を回せばそれは同意の合図。



「ルキ君がこんなに貪欲だなんて思わなかったなぁ…」


「それは申し訳なかった。だが…これから後悔する暇など与えない位愛するから覚悟しておけ」



呆れた私の声に挑発的な言葉が返ってきて私はようやくとんでもない人を好きになってしまったのだと自覚する。


それもこれも全て逃げ道を遮断してしまった後なのでもはや私に残された選択肢は彼に堕ちると言うのもしか残ってはいないのだけれど。



これから嫌というほど彼の愛で溺れる未来を想像すれば幸せすぎて、耐えきれずに小さく声をあげて笑った。



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