背伸び


貴方はとても素敵だから
私もいつだって相応しいレディになるように努力したいの。



「で、でも少し頑張り過ぎたかもしれない…!」



ふらふらと今は立っているだけで精一杯。
今日は大好きなレイジさんとデートだ。
いつだってスマートに私をエスコートしてくれる彼と少しでも釣り合いたくて
普段なら履かないようなオシャレなヒールに挑戦してみたけれど…



「やっぱり慣れない事はするものじゃないのかな…」



小さな独り言は誰に聞かれることもない。
大人っぽいデザインの8cmヒール。
彼との身長差も振る舞いも心も、少しでも近づけたらいいなって頑張ったけれど
現実はそんなに甘くなくて…


震える私の足はいくら頑張った所で彼とは遠く離れてるって実感させられるだけで
まだデートも開始されていないのに酷く落ち込んだ気分にされてしまう。
ああ、こんなんだったら頑張らずにいつものようなぺたんこの靴はいてこればよかったなぁ。



「お待たせしました花子さん………おや、私とのデートはそんなに不服でしたか?」



「れ、レイジさん!」



しょんぼりと項垂れていると愛しい彼のそんな言葉が聞こえてきたので勢いよく顔を上げる。
するとレイジさんは困ったように微笑んでいたから先程の言葉が本気ではないと理解して思わず胸を撫で下ろした。
彼はそんな私を見てまた小さく笑ってそっと腕を自身のもとを絡めてまたにっこり。



「たまにはこうして距離を縮めて歩くのも…悪くないでしょう?」



「は、は、はい!」



「ふふ、元気なお返事ですね。……行きたい場所が出来ましたので少し、お付き合い願いますか?」




こうして彼との距離を縮めていれば結果的にこのヒールでも比較的歩きやすくなって
心の中で一つ安堵の溜息をつく。
レイジさんはそのまま微笑みを崩さずにいつもより優しく私をエスコートしてくれた。
どうしたんだろう…なんだかレイジさん、今日ご機嫌。



ぎゅうぎゅうと彼に縋り付きながらレイジさんの行きたい所へ連れてこられる。
そこは小さくオシャレなお店だった。
お洋服や、鞄…靴など沢山素敵なデザインの代物が揃っている。



「わぁ…綺麗…」



「花子さんの好みのデザインでよかったです。…少しここでお待ちを。すぐ戻ってきますから…ね?」



目を輝かせてお店の至ると心をキョロキョロと見渡していれば
彼は満足げに微笑んで、ちゅっと音を立てて頬に唇を落としてそのまま何処かへ行ってしまった。
こ、こういうの…未だに全然慣れない!


何でこう、いつだって彼はスマートにこういう事が出来るんだろう。
そしてどうしていつだって私はこうして只々顔を真っ赤にすることしかできないのだろう。
こんなんじゃ幾ら背伸びしたって足りない。


「うう〜…わ、私もいつかレイジさんにちゅって…ちゅってしたい!」



「おや、それは大歓迎ですよ?ふふ…」



「うわぁ!?」



とても悔しくてぼそぼそと独り言を言えばそれは見事にレイジさんに聞かれてたようで
いつの間にか私の後ろに立っていた彼が悪戯っ子のように耳元で優しく囁くものだから
私の身体は大袈裟に揺れてしまった。


それを見たレイジさんはまたおかしそうに…嬉しそうに笑う。
うう…恥ずかしい。



「お待たせ致しました。花子さん…こちらへ」



「あ…、」



そっと手を引かれて誘導されたのはとてもおしゃれなデザインの椅子で…
されるがままにそこへ腰かければスッと彼は私の前に跪く。



「レイジさん…?」



「これ、私の為…ですよね?」



ちょんっと一生懸命背伸びして撃沈した靴をつつかれて
思わず自分の顔に熱が集中するのが分かってしまう。
ぜ、全部ばれてたんだ…。



恥ずかしくて何も言えずにいるとレイジさんはまたクスクスと小さく笑う。




「頑張ってお洒落してくれたのですね…ありがとうございます。」



「で、でも…私、その…やっぱりこういうの似合わないみたいで…」




自分で言ってて悲しくなってしまう。
彼に釣り合うようにって頑張ったのはいいけれど
結局はレイジさんの腕を借りなければ歩けないような情けなくて幼い女なのだ、私は。




「そんな事ありませんよ?花子さん…私の為に一生懸命になる貴女はとても綺麗だ。」



「レイジさ…わぁ!」



彼の優しい言葉に感動していれば優しくその靴を脱がされて
代わりに履かされたのは先程のモノと比べ物にならない位とても綺麗でお洒落な靴だった。



「だからもっともっと…背伸び、してくださいね?」



「こ、これ…これ!」



「ふふ…こちらの方が私の最愛に似合うと思いまして。勝手ながらプレゼントさせていただけませんか?」



素敵な贈りものを頂いて大はしゃぎの私は感激のままぎゅうぎゅうと彼に抱き付いてしまうと
「おやおや、はしたない」と咎められてしまうけれど、そんな言葉とは裏腹にレイジさんもぎゅっとしてくれるので
私はそんな彼に甘えてありがとうって言う気持ちを沢山込めて抱き付く腕に力を込めた。



だから今はまだこの素敵な靴が先程の8cmヒールよりかは少しだけ歩きやすい
5cmのヒールに替わっている事なんて単純な私は知らないままだ。



ああもう、背伸びをするなって言うんじゃなくて
こうして私に合った背伸びをさせてくれるレイジさんって本当に素敵。




(「そう言えばどうしてレイジさん今日ずっと笑顔なんですか?」)




(「だって私の為に花子さんが此処まで一生懸命なのですよ?…笑顔以外の表情はどうするのでしたっけ?ふふ…」)




(「れ、れ、レイジさん喜びすぎです!」)



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