マーキング


「う…うぅ…ふぇ…」



「……あーもー、殺したい。」



「しゅ、シュウさん大袈裟です!!」



イラついている俺の言葉に花子は勢いよく顔を上げて抗議する。
その瞳は未だに濡れていて、しかも止めどなく溢れているそれは白い頬を伝ってぽたぽたと下へと零れ落ちている。
何が大袈裟だ。俺の最愛をこんなになるまで好き放題しやがって。



花子は実は意外にナイーブなのだがそう言うのを表には出さないタイプで
だから付き合いの浅い連中には何も考えていない馬鹿に見えるらしく100%完全にからかわれたり、馬鹿にされるポジションにつてしまうみたいだ。
そういう人間って、結構いるみたいだし…花子の事を愛する前はどうでもよかったけど
彼女を最愛にしてしまえばもうそんなの話は別というものだ。



「花子がいつもまでもヘラヘラしてんのが悪い。…なんで怒んないの。だからこうして俺の腕の中で泣く羽目になるんだろ馬鹿…」



「だ、だって…怒って嫌われたら…うぇぇぇぇん!!シュウさんも怒ってるー!!やだやだ嫌わないでシュウさんー!」



「ああもう怒ってない。怒ってないから…ほら、泣くな。」



何が嫌われたくないだよ馬鹿。
そこまで無理してくだんない人間関係保つ理由なんてないだろうに。
けれど嫌われると言う事に臆病になり過ぎている彼女は何度言い聞かせても怒る事をしないし、笑う事もやめない。
そしていつだって心の限界を超えればこうして俺の腕の中でひたすら涙する。


別にこうして俺の腕の中に入り込んでくるのが嫌って訳じゃない。
寧ろそれは嬉しいのだ…
只、こうして花子が悲しい涙を零すのが嫌なだけ。



「花子、もう今日は寝ろ。ホラ…」



「うわぁぁ!?」



抱き締めていた彼女の体をそのまま自分のベッドに放り投げれば素っ頓狂な声をあげる花子に小さく笑う。
そしてそのまま俺も彼女の隣に潜ると先程まで涙で濡れていた顔は見る見るうちに赤くなってしまう。



「何。やらしいことシたいの?…俺は別にいいけど?」



「ちちち違う!ちがうもん!!シュウさんの馬鹿!!」



意地悪にそう言えば彼女は必死に否定してそのまま俺に背を向けてしまう。
馬鹿だな…こんなに弱ってるお前を抱いたって何も楽しくないんだからそんな事する訳ないのに…
花子を後ろからぎゅっと抱き締めて、せめてと思い少しだけ露わになった首筋に音を立ててキスをすれば揺れる体に苦笑。



「花子、寝よう?夢の中ならきっと誰もお前を馬鹿になんかしないさ。」



「ん、シュウさん…シュウさんの香りって…なんだか…安心、する…」



「ああ、だからお前いつも俺に抱き締められてるとすぐ寝るのか…。」



彼女の言葉に妙に納得してしまう。
ホラ、現に今だってもうすぐにでも夢も世界に旅立ちそうだ。
そうか、花子は俺の香りで安心するのか…



大概の女は俺に寄って来れば100%発情するんだけどな。



「ほら、花子…このままぎゅってしててやるから…おやすみ。」



「……ん、」



出来るだけ優しい声色でそう言ってやると彼女の瞼は暗示のように重く閉ざされてしまう。
そしてこれから俺の少しばかりの悪戯が開始されるのだ。
きっとこれで少しは花子を馬鹿にする人間も減るだろう。






「にぎゃぁぁぁぁあ!馬鹿!!シュウさんの馬鹿ぁぁぁ!!!どうするんですかコレ!消えない!!」



「消す必要ない。わざわざ昨日俺、頑張ったんだから。」




次の日花子は起きて暫くしてから大きな断末魔を発して俺の胸板を全力で殴るが申し訳ない、全然痛くない。
いつもなら僅かに香るだけの俺の香りが今はしっかりはっきりと花子の体に染みついている。



「ど、どうしたらこんなにシュウさんの香りが私に移るんですか!!こ、これ絶対に色んな人にシュウさんが彼氏だってばれる!!」



「え?聞きたいの?とりあえず抱き締めながら体をこすりつけて…それから…」



「うわあああ!こ、これ以上は聞いたら私が死にそうなのでもういいです!!」



苺みたいに顔を真っ赤にした花子の頬にそっと唇を落とせばまた顔が赤くなるから笑える。
別に大したことはしていないのに。
そして今や完璧に俺の香りが移ってしまった彼女の体をまた昨日みたいにぎゅうぎゅうと抱き締める。



「これで俺の事知ってる人間は花子の事馬鹿にしない。傷付けない。…もう大丈夫。」



「シュウさ…」



花子が俺の最愛だと知ればもう誰も彼女に酷い物言いはしなくなるだろう。
だって俺は“あの”逆巻家の長男だから。
そしてそんな有名すぎる俺を知っている人間はとんでもなく多い訳で…必然的に彼女の涙の原因の大幅に減るという訳だ。



「いつも傍に居てやれる訳じゃないから…香りだけは連れていって?」



お前が安心すると言うこの香りが、そのままその心も守れるのならば
これ程嬉しいことはない。



「花子…今夜も俺の部屋、来いよ…また付けてやるから」




お前を愛しているのがこの恐ろしいヴァンパイアだって皆に知らしめよう。
そしたらもう誰もお前を傷付けたりはしないだろうさ。



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