甘え下手な貴方


「可愛げのなさ過ぎる男ってどうかと思うよルキ君。」



「またそんな戯言か…」




私の言葉なんか気にも留めずずっと本に視線を落としている大好きな彼にひとつため息。
いつだって私の事を甘やかしてくれるルキ君だけれど
彼自身が甘えてきてくれるって事は全くなくて
こういうの、対等じゃない感じがして何だかとても複雑な気分なのだ。



「ねぇねぇルキ君。たまには私に甘えてよ。」



「甘える必要がない。」



「シュウさんはたくさん甘えてきてくれるけど?」



「………なんだと?」




ここで申し訳ないけれど甘え上手であるシュウさんのお名前を借りて
ちょっとした嘘をついてみれば先程まで本に集中していた彼もこちらを向いてじっと私の目を見る。
そしてその声は地を這うレベルで低い。
…ううん。ちょっと怖いけれど、私はどうにかしてルキ君に甘えてもらいたい。



「シュウさん格好いいけど甘えてくるときは可愛いんだよねー。やっぱり素直に甘えてくれるって嬉しいよねー。」



「………、」



少しばかり大袈裟に言葉を紡げば降り注ぐのは痛すぎる沈黙だった。気まず過ぎる。
ヤバい、ちょっとやり過ぎたかもしれない。
どうしよう怒られちゃうかなって下を向いてしょんぼりしていればどうしてだか私が座っていたソファが静かに沈む。
ん?何だろ…状況がつかめずに顔を上げればそこには不思議な光景。



「ルキ君?」



「………。」



先程まで向かいに座っていた彼がどうしてだかわかんないけれど今は私のすぐ隣に座っている。
ルキ君の行動の真意が掴めずに名前を呼んでみても彼は無言のままだ。
どうしたんだろうか…
すると今度は不意に指先にちょんっとルキ君の冷たい指が触れる。



「?る、ルキ君?どうしたの?」



「………。」




ますます意味が分からずにもう一度名前を呼んでもルキ君は無言を貫き通す。
そろそろこの微妙すぎる沈黙と、何も言わずに徐々に私との距離を詰めてくるルキ君に限界が来そうだ。


そんな事を考えていれば指先同士が触れ合っていただけなのに、今度はおずおずと私の手に彼の大きな手が重なった。




…………あれ?これってもしかして…。




彼の意味不明な行動の理由に一つの仮定をあげてみれば全てが繋がって私の顔は盛大にだらしなく緩んでしまう。
え、どうしよう…ルキ君かわいい。




「ルキ君…ルキ君…………ぷっ」



「………。」




可愛らし過ぎる彼の行動に何度も名前を呼んであげれば
ゆっくりとそろそろと私の近くにその綺麗な顔を近付けてきちゃったから思わず吹き出した。
だって眉間に皺寄ってる。
でも不機嫌な訳じゃないよね?
だってルキ君、耳まで真っ赤だよ。




「っもー!!!この甘え下手さんめ!!うりゃー!!」



「…仕方ないだろう。俺はいつだって甘やかす側なんだ。……こういうのは、慣れない。」




わしゃわしゃと彼の髪を勢いよく撫でくりまわしてあげれば小さな声でそういちゃうルキ君への愛おしさが爆発してしまい
そのまま本能に忠実に彼の頬へと自身のものを寄せてすりすりと愛情表現。




「かわいい…一生懸命甘えてくれるルキ君本当に可愛い。」



「…やめてくれ恥ずかしい。………だが、これは少しクセになるな。」



ぎゅうぎゅうと彼を包み込む様に抱き締めてあげれば
ずっとされるがままだったルキ君が遠慮がちに私の体を抱き返してきたのでまた噴き出してしまう。
もう、いつだって何でもそつなくこなしてる彼がこんなにも甘えるのが下手だなんて思わなかった。




「ルキ君、もっとしてほしい事ある?何でもしてあげるよ?」



「………いや、特にない。」



「…もー。さっき言ったよね?可愛げなのなさ過ぎる男はどうかっ…て!!!」




上機嫌の私の言葉に彼はチラリと視線だけ私の膝に向けてまた遠慮しちゃったから
一生懸命ここまで甘えてくれたルキ君に今度は私がご褒美をあげようって思って
彼の心のうちをくみ取ってぐいっと彼の頭を膝へ乗せてあげる。




「膝枕、してほしかったんでしょ?」



「いや、そう言うわけじゃ…」



「ルキ君。」



「………この前、アズサが花子にしてもらっていただろう?それが…その、まぁ…うん。」




優しく頭を撫でながら言ってあげるとそれでも素直じゃない言葉が返ってくるので少しばかり強い口調で何度目か分からない彼の名を呼べば
観念したのか以前末っ子をベタベタに甘やかしていた事を羨ましかったと歯切れの悪すぎる口調で吐露してくれた。


そしてそんな心情の暴露が恥ずかしかったのか顔を見られまいとぎゅっと私の腰に抱き付いてきちゃうルキ君はもはや孤高の参謀ではなくてとてもかわいい恥ずかしがり屋の私の彼氏だ。



「あれ…ルキ…花子さんに膝枕してもらってる…いいなぁ……ねぇ花子さん、俺も…また膝枕して?」



ひょっこり現れたアズサ君が私とルキ君の状況を認識したかと思うと自分もしてほしいとよたよたこちらに寄って来たので苦笑。


相変わらず末っ子君はとても可愛い生き物である。


幸い私の膝は二つあるのでひとつ、アズサ君に捧げても大丈夫かなって思って不用意な言葉を口にしかける。



「うん、いいよ。じゃぁルキ君にちょっと移動してもらって片方アズ………っ!」



「………。」



「花子さん…?」



私の歓迎の言葉は途中で中断されて、代わりに出てきたのは小さなため息と苦笑だった。
そして片手は愛しの彼の頭を撫でながら、空いた手で可愛い末っ子君にゴメンナサイのポーズ。



「ごめんねアズサ君、ルキ君寝ちゃったみたいだからちょっと移動できないや。また今度でもいいかな?」



「そう…ルキ…寝ちゃったんだ…うん、いいよ…じゃぁまた、今度…ね?」



「………。」



彼にそう言えばアズサ君は少しの間きょとんとしてたけど
今回は無理だって理解してくれたみたいでニッコリ笑ってどこかへふらふらと出かけてしまった。


そしてパタリと扉が閉められた方と思えば再びやって来た気まず過ぎる沈黙。
先程と違うのは今気まずいって思ってるのは私ではなくて紛れもないこのたぬき寝入り参謀君である。




「ルキ君、そんなに私の膝取られたくなかったの?」



「喧しい黙れ馬鹿花子。」



ぎゅうぎゅう。



ちょっと痛いくらいに腰に抱き付かれてしまいまた小さく苦笑。
さっきアズサ君が自分も膝枕してほしいって言って私が了承しようとした瞬間
ぐっと私の腰に抱き付いている腕に力が入った。


まるでそれは「離さないでくれ」と「花子の膝は俺だけのものだ」と言っているようで
思わず笑ってしまったし、アズサ君には申し訳ないけれど甘え下手な彼がここまで主張するなんて初めてだから小さな嘘をつかせてもらったのだ。



「お兄ちゃんにも取られたくないものってあるんだね。」



「………今日だけだ。今日だけ…」



「いやいや、これからは定期的に甘えてよね。私だってルキ君にこうして甘えられるのすごく嬉しいんだから。」



私の言葉にどうしてか言い聞かせるようにそんな事言っちゃうルキ君の頭をさっきよりも、もっと優しく撫でてあげる。
いつもって言うのは難しいかもしれないけれど
たまにはこうして…私に甘えて私を求めてくれてもいいと思うの。



「ねぇルキ君、だいすき。」



「…それは、こうして花子に甘えている俺が…か?」



「ぶふっ!…もう私の言葉気にし過ぎでしょ!!…甘えてくれるルキ君もいつも甘やかしてくれるルキ君も大好きよ?」



冒頭の私の言葉を実は酷く気にしていたらしく、とても不安げな声色で訪ねてくるルキ君にまた盛大に吹き出してしまった。


なんなの…ホントにかわいいんだから。


私の言葉に不安になっちゃったルキ君が可哀想だったから安心していいよ、ちゃんと好きだよって気持ちを沢山込めて
ちゅっと音を立てて露わになっている耳にキスをすればぼふんとそれが赤くなってしまったので
今度は声をあげて笑ってしまえば内臓飛び出るんじゃないかって位強く腰を抱き締められたからちょっと反省。



ルキ君ってなんでもできる頼りになるお兄ちゃんだって思ってたけど
もしかしたら案外そうじゃないかも…なんて
私の膝の腕で照れすぎてさっきからおなかに顔を埋めっぱなしの本人に言ってしまえばどうなるかなって思うと
ちょっとおかしくて、彼に聞こえないように小さくまたひとりで笑ってしまった。



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