溶かす唇


「う…うぅ〜…ぐすっ」



「………。」



さっきからずーっとこの状態だ。
私はひとりでベッドに体を放り出してクッションをぎゅうぎゅう抱いて壁の方を向いている。
シュウさんはそんな私をじっとベッドの端に腰かけて見つめている。



別に大したことはない。
ちょっと嫌な事があっただけ。
こんな事、他の人やシュウさんにしてみればきっと下らない事なんだと思う。
でも今の私は頭では分かっていて割り切っていてもどうしても心が付いてこない。
辛くて苦しくて悲しくて…ただひたすら抱き締めてるクッションを涙で濡らすしかないのだ。



「……花子、」



「う…うぅ〜…ひぅ」




ぐずぐずとひたすら泣いてればベッドがギシリと揺れた。
私の体を影が包んだからきっとシュウさんが覆いかぶさって来たんだと思うけれど
今はそんな気分じゃないし、それ以前にこんな酷い泣き顔は誰にも見られたくないんだ。



けれどそんな私の考えをよそにシュウさんの気配はそっとだけれど確実に近づいてきて
そのまま私の首筋に冷たく、少し濡れた感触が落ちる。



「……ん、…んん…ん」



「う、う、うぅ…」



ビッシリと固まったままの私の体の至る所にシュウさんはそのまま何度も沢山キスをしてくるからその度に私はビクリと跳ね上がってしまう。


でもどうしてか、彼はそれ以上の行為を強要するわけでもなく、只々そっと優しく
髪、頬、耳、首筋、腕
露わになっている私の肌全てにキスをするだけだ。
正直彼が何をしたいのかが分からない。



「シュウさん…一体、なんですか。」



「花子…ん、花子…」




彼にそっぽを向いたまま、壁に話しかける態勢で聞いてみても
穏やかに名前を呼ばれてキスされるだけ。
そろそろ我慢の限界がきて勢いよくクッションを放り投げて彼に当たり散らすように叫んでしまう。



「だから!一体何なんですか!!私は今落ち込んで…っ」



「ん、やっとこっち見たな。花子。」



彼はちょっとほっとしたような顔で今まで落とすことのできなかった私の唇にちゅっと音を立てて彼のソレを落とした。
突然の事で意味が分からず私は固まってしまったままだ。



「花子、花子…何があった?言って?嫌な事全部俺に話せ。」



「や、やだ…だって下らないもん。シュウさん呆れるもん。嫌われるもん。」




優しく諭すようにそう言われるけれど
私はベッドのシーツをぎゅっと握っていやいやと首を振る。
だってホントに大したことない。
こんなの話したところでシュウさんは呆れるし、くだらない事で一々泣いて機嫌悪くなるこんな女うざいって絶対思うもの。



けれどシュウさんはひどいひとで私の考えなんて全部お構いなしに
また色んなところにキスをしてきてしまう。
やめてくださいよ。大好きなシュウさんにこんな風に優しくされると思わず弱音がポロリと落ちてしまいそうになる。




「花子、大丈夫。俺はくだんない事で悩んで泣いちゃうあんたも好きだから…な?」



「う…うー…うー…」



ちゅっちゅっと優しいリップ音だけが部屋に響き渡る。
じわり、じわりとキスされる度に鉄壁だったはずの心の壁が溶かされてしまうようで恐ろしい。
やめてお願い、この壁が溶けてしまったらきっと私は貴方に下らない弱音を沢山はいてしまう。
何度も何度も首を振っているのに彼は全然キスの嵐を鎮めてはくれない。




「シュウさんいやです、やめてください…」



「嫌?止めろ?嘘つけ。花子の目は必死に俺に助けてって言ってるけど?」




最後にちゅっと瞼にキスを落とされたらもはや限界で、
ガッチリ固められてた私の壁はドロリと虚しく溶けて消えた。



「シュウさん…あのね、」



「ん」



「あの、ね…?」



震える声で呟いてひとつ、小さく息を吐く。
そしてじっと彼の顔を見て今度は自分からオネダリを口にする。



「ごめんなさい…もう一回だけキス、下さい。」



「花子はホント、弱虫だな。」




そっと唇にキスをされて私はそのまま引きずり出されたかのように弱音の数々を泣きながら言葉にし続けた。
ようやく紡がれた言葉を吐き出すたびに心はゆっくりと軽くなっていく。



彼のキスは最大級の愛情表現だ。



きっと先程から何度も沢山キスしてくれてたのは私がなにを言っても大好きだっていうサインだったんだろう。
だから最後に彼のキスを強請ったのも、もう一度その愛情を感じ取って言葉を吐き出す勇気にしたかったから。




「シュウさんシュウさんくだらなくてごめんなさい嫌わないで」



弱音を吐きながらも何度も何度も謝罪と懇願を口にすればその度に振ってくるキスの嵐。
彼は何も言わなかったけれどそのキスの数だけ私を自惚れさせて弱音を引きずり出していく。




ねぇシュウさん、私の事少し甘やかしすぎです。
このままじゃホントにちょっと嫌な事があったらすぐ貴方に縋り付いてしまいそうになる。
だっていつだって「大丈夫、花子が何を言っても俺は花子を好きだよ」って気持ちを込めたキスを沢山くれるんだもの。




どうしよう、貴方に甘やかされた私は酷く我儘な女になってしまいそうです。



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