暗示


「あーあ…俺の事が好きって言うから、愛してやったのにな…」



「い…っ、ぅあ…っ!」




ぐっと、シュウさんの足に体重が籠められるとぐしゃりと私の体が床に密着してしまう。
それでも尚彼の足は止まる事はなくてぐりぐりと私の背中踏みつけ続ける。
抵抗するにも手はナイフで床と縫い付けられてしまっているので何もできやしない。



「あんたが俺の事好きって言ったんだけど…どうやらそれも薄っぺらなもんだったみたいだな」



「や…ごめ…ごめん、なさ…」



「言い訳とかやめてくんない?…うざい。」



大きくため息をつかれたかと思えば私の掌を縫い付けているナイフを
ぐりぐりと抉るように動かされてたまらず大きな声をあげると
彼がおかしそうにご機嫌に笑った。



「あんたの…花子のそういう声は結構嫌いじゃなかったけど…うん、でも、もういいや。」



「や…や、…やだ…やぁ!」



彼のその言葉が何を意味しているのか理解して必死に首を振るけれど
シュウさんはそんな私を汚いものを見るような目で見下すだけで何も言ってくれない。
嗚呼、どうしよう…縋り付きたいのに縫い付けられたままの手が邪魔で仕方ない。



「やだ…ごめんなさ、すてない…で…ごめ、ごめ…な、さ…」



「はぁ?捨てられたのは俺の方じゃないの?花子の愛してるが軽すぎたんだからな。」



いつもよりイラついたような、少しばかり早い口調に彼が本気で私を捨てようとしている事実に焦り必死に首を振って懇願するけれど
彼が私を抱き上げてくれることはしない。
嗚呼、ああ…どうしよう、どうしよう…



「ん?…ははっ、なぁ手、穴開くけど…?いいの?」



「…っ、う、…いぅ…っ〜っ!」




ぐっ、ぐっ、と貫かれたままの掌を自ら動かして何とか抜け出そうとするけれど
只々激痛が走るばかりだし傷口がますます広がってしまうだけだ。
嗚呼、何だかこの広がり続ける傷口がまるで私の悲しみとシュウさんの傷のよう…



「シュウさ…シュウさん…ふ…っうぇ…」



「あーあーあーそんなに必死に俺の名前呼んで…何、俺に縋りたいの?…ホラ、」



「いぁ!」



必死に彼の名前を泣きじゃくりながら何度も呼べばようやくナイフが引き抜かれて
すごく痛かったけれど今はそれどころじゃない。
開放されたと同時に彼の胸へと縋り付いて何度もごめんなさいと捨てないでを繰り返す。
するとシュウさんは小さく溜息をついてまた少しばかり苛ついたような口調で言葉を紡ぐ。



「血…服についたんだけど…後肌にも、汚ねぇ…どうすんの、コレ。」



「あ…、ご、ごめ、なさ…」



「花子はさっきからそればっか。謝ればなんでも許してもらえるとか思ってんの?あんたの脳みそはおが屑?」




気が付けば先程まで貫かれてしまっていた掌で彼に縋っていたから
シュウさんの服と白い肌にべったりと私の血がこびりついてしまっていた。
反射的に謝れば逆に怒られてしまってどうすればいいのか頭の悪い私には解決策が見当たらず只々震えて俯くだけだった。



「なぁ花子…あんたが好きなのは誰?」



「…シュウさん。」



「じゃぁ俺に何されても全部嬉しいよな?」



「……は、い。」



「ならどうしてルキに相談してた?」



「そ、れは…」




ガタガタと震えが止まらない。
私はシュウさんが大好き。でもシュウさんはいつだって私を犯すだけ。
それ以外は優しくしてくれないし、手も繋いでくれない。キスだって何も…
辛くて悲しくて耐えれなくて…1人で泣いてたらルキ君が私の話を聞いてくれたんだ。
でも運の悪い事にそれを全部シュウさんに聞かれてた。



「花子、俺は“俺の事を好きな”花子が好きだよ…」



「シュウさ…しゅうさん…」



「“俺の事を好きな花子”は俺に何されても嬉しい…そうだろう?」




「う…ふ、…ぁ、」



初めて…初めて優しくそっと唇にキスを落されて嬉しくてボロボロと涙が零れる。
だから私はそのキスが自身を陥れる暗示のキスだなんて気付かなかった。


そうだよ…私はシュウさんが好きなんだからシュウさんに何かをされるって言うのはとても幸せな事なんだ。
どうして気付かなかったんだろう…馬鹿な私。



「シュウさん、シュウさん私、シュウさんがすき。ん、んぅ…ん、ん、ん」



「そうそう、そうやってずーっと花子は俺を好きでいなきゃ…餌が不満を持つなんておかしいだろ。」



そうだよ、どうして私は辛いとか悲しいとか思ったんだろう。
謝罪の気持ちを込めてそっと彼の服と肌に舌を這わせて自身の赤黒い血を綺麗になるまで何度も舐めあげる。
口に広がるのは鉄のような不快な味だ。



「どう?自分の血の味。」



「……おいしくないです」



「だろう?そんなクソ不味い血を吸ってもらえてるんだから寧ろ俺に感謝しなきゃな。」



「はい…はい、シュウさん、ありがとうございます。」




嗚呼、なんだ。シュウさんは初めからとても優しいひとだった。
なのに私は勝手に勘違いしてルキ君に相談なんて…ホント馬鹿。
掌を抉られて踏みつけられても当然だ。
せっかく彼も私を愛してくれてるのにそれを裏切るような事をしたんだもの。




「シュウさん、シュウさん。今日は?今日はスるんですか?どう動いたらいい?激しく?ゆっくり?貴方の好きなように動きます。」



「…………花子、ホント、俺はあんたがすきだよ。」




虚ろな瞳でそう問えば
どうしてだか彼はニヤリと嘲笑うように微笑んでまたそっと暗示のキスをした。



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