愛しの抱き枕


「もうもうもーう!知らない!!シュウさんなんて知らないんだからー!!」



「はぁ…うざ。勝手にしろ。」




ぼふんっ



些細な事で花子と言い合いになってしまって互いに意地になり過ぎてそのまま喧嘩となった。
普段ならどちらかが折れるのだけれど今回ばかりはそうもいかないらしい。
大きな声で喚き散らした彼女はそのまま俺のベッドへと体を投げ捨ててこちらを見ようともしない。



「…おい花子そこどけ。俺が眠れないだろ。」




「知りませんよそんなの。シュウさんは私のベッド使えばいいんじゃないですか?あ、お貴族様はベッド変わると眠れないんですか?」




イラァ…
俺に背中を向けたまま棘のありすぎる言葉を紡いだから顔に青筋が浮かんだのを自覚する。
寝れるし。俺、貴族だけどどこでも寝れるし。


ひとつ、デカい溜息をついて暫く彼女の様子を窺えば何だか面白い事をし始めた花子に笑いを堪えるはめになる。



スカっ
すかっ



二三度花子の両腕が何かを抱こうとして空を切る。
そ、そういえばここの所ずっと俺と抱き締めあいながら寝てたから多分あいつ今何か物足りないんだ…


自分の彼女のすごく馬鹿で可愛い場面を見てしまいもはや俺の中のイライラは吹っ飛んでしまったけれど
ちょっと面白いからまだ暫く彼女の行動を見守ってみる。



ゴソゴソ
ぎゅっ



今度はもぞもぞと体を動かして自身が被っているシーツを丸めてぎゅっと抱き締めた。
…抱き締めたのはいいけれど、やはりそれだけじゃ普段の俺の感触には足りなかったのかブルブルと体が震えだしてしまって
俺はその様子にもはや笑いを堪えるのに必死だ。
なぁ花子、淋しくて寝れないならそう言えよ馬鹿。



「う…ううー…」



「ぶっ!」




彼女はその後小さく唸ったかと思うと
そのままスポンと頭の下の枕を引き抜いてシーツと一緒にぐっとまた抱き締めたけれど
うん、そんなんじゃいつもの俺には程遠いよな。可愛すぎて思わず吹き出してしまった。



それでも暫く「うーうー」と唸りながらシーツと枕で我慢しようと頑張る花子が可愛くて仕方なくなってしまって
そのまま後ろから抱き締めてやりたかったけれどまだちょっと見てたいって言う欲望の方が勝ってしまい、暫く花子はベッドの上で、俺は少し離れた場所で突っ立って
互いにぶるぶると小刻みに震える無意味な時間が続いてしまった。
なんなの…花子、可愛い。




そして数分後、観念したのは俺ではなくて可愛い彼女の方だった。




「…………シュウさん。」



「な、なに…?」





小さく俺の名前を呼ぶ花子に対してクスクスと笑いを堪えながら答えてやると
背中を向けながら少しばかり半泣きのような、涙声で降参ですの言葉。




「ごめんなさいしますから…ぎゅってさせてください。」



「ったく、最初から素直になっとけばいいのに…馬鹿花子」




ようやく素直に俺を求めた花子に応えて
ギシリとベッドへ忍びこんで彼女の背中を抱き締めてやれば
すぐにその体は反転してぎゅうぎゅうと俺に縋りついてそのままぐりぐり顔を胸へと埋める。



「そんなに淋しかった?…数分だったぞ?くくっ」



「うーうーうー!!!」



「あーはいはい分かった分かった。わかったから抱き締める力弱めろ馬鹿、苦しい。」



俺の意地悪な言葉に抱き付いていた腕の力は強くなってしまい苦笑。
苦しいのは本当だけれどそれは別に彼女が強く抱き付いてるからじゃない。
花子が可愛くて愛おしくて胸が苦しいだけだ。



「ホラ、花子………おやすみ」



「ん、シュウさ……ごめんなさい。」



ちゅっと音を立てて彼女の額に唇を落としてやれば
素直になった彼女から謝罪の言葉を聞く事が出来て俺の顔も緩む。
ああ、やっぱり花子は意地を張るよりもこうして素直な方が断然可愛い。




「俺もごめん。……仲直り、な?…って、寝るの早…。」



「ん…んぅ…」




優しく頭を撫でてやって俺も素直に謝罪の言葉を口にする。
不意に彼女の顔を覗きこめばさっきまで寝るに寝れなかった筈なのにいまはすっかり夢の中の花子に苦笑。
なぁ、そんなに俺の抱き心地いいの?
そんなに俺に抱き締められてるのがいいの?




「くく…花子かわいい。」




もう既に聞こえてないはずなのに俺のそんな言葉に
俺に抱き付いてる彼女の手がぎゅっと強くなったから無意識の中でも俺を求めてるんだって思うともうどうしようもない。




本人に気付かれないようにそっと唇を塞いで俺も彼女と一緒に瞳を閉じる。
ああ、今夜もいい夢が見れそうだ。



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