素直に、ね?
「暑いのか?抱き締めて冷やしてやっても構わない。」
ぐさり。
「ああ、眠れないのか。…仕方ないから本を読み聞かせてやっても構わない。」
グサリ。
「風邪を引いただと?全くこれだから家畜は…看病してやらんこともないぞ。」
ぐさり、グサリ。
もう私の心は限界ですよ!!
どんより。
今の私の心は外のぺかぺか太陽の様に晴々していない。
寧ろ梅雨真っ只中、大雨みたいだ。
テーブルに突っ伏して「あー」とか「うー」とか唸って
ぐりぐりと顔を動かして溜息。
今日でルキ君とお付き合いを初めて一年なんだけど…
このどうしようもない気持ちを持ったまま迎えるとは思ってもみなくて
只々暗い表情のままぼんやりとしていれば不意に頭にコツンと軽い痛み。
ゆるゆると顔を上げれば呆れかえったように私を見下していた最愛で、片手には彼の愛読書。
…ねぇ、彼女の頭を本の角で小突くなんて何事?
「随分とだらけているな花子。」
「ルキ君…」
未だに暗い表情は崩さないまま彼の名を呼べば小さく溜息を付かれて
そのまま向かいのソファへと腰を掛けた彼をじっと見つめていても私の視線なんて無視で構わず先程の本を開く。
…倦怠期の夫婦なんですか?私達。
私も数秒前の彼と同じく溜息をついてまたそのまま机に突っ伏してから暫く時間が経った。
「………そういえば。」
「…なぁに?ルキ君。」
微妙すぎる沈黙を破ったのは意外にも彼で、もう一度顔を上げれば相変わらず読書をしながら本当にどうでもいい世間話ようなトーンで話を進めてしまう。
「今日で花子と付き合い始めて一年だな。」
「………そうだね。」
「女はこういう記念日に何か欲しがるのだろう?何が欲しい?くれてやらなくもない。」
彼のその相変わらず過ぎる態度に私はもう限界で、
ぐっと顔を歪めてルキ君から視線を外して今までつもりに積もった言葉を紡いでしまった。
「いらない。」
「…なんだと?」
目を逸らしているからルキ君がどんな表情をしていたのかは分からない。
分からないけれど声は確実に怒っていて、余計に怖くて顔を見ないまま私は震える声で言葉をつづけた。
「いつもいつもルキ君はしてやらなくもない。してやらなくもないばっかりじゃない。そんな仕方なしに何かされたって嬉しくないもの。」
「花子…」
じわりと涙が浮かぶ。
いつだってルキ君は優しい。優しいけれどそれはしてやらなくもないって言葉の後だ。
そんな仕方なしの優しさなんて逆に辛いだけだもの。
だってそう言うって事はホントはしたくないとか、面倒だって思ってるんでしょ?
「い、いいよ記念日とか…っ!し、仕方なしに何かされても…っうれ…っうれしくないもん…!」
ポロリ、ぽろり。
涙が零れてしまって慌てて両手でその涙ごと顔を隠したけれど
ひっくひっくと嗚咽は漏れてしまってるからルキ君には泣いてしまっているのはバレていると思う。
それでも悪あがき程度に隠したかった。
だってこんな事で泣いちゃうとか絶対にめんどくさい女だって思われるもの。
けれど私の隠していた両手は冷たいルキ君の手によってぐいっとどけられてしまって
彼にこのぐちゃぐちゃの泣き顔が見られてしまった。
けれどそんな事より私を驚かせたのは彼の…ルキ君の表情だ。
「………ルキ君?」
「花子、あー…その…何と言うんだ。うん。」
泣いている私の顔を覗き込んだルキ君はどうしてだか耳まで真っ赤で
さっきから何かを言いたいみたいだけれど言えないような、曖昧な言葉ばかりを発している。
ちょっと意味が分からなくて首を傾げれば意を決した彼の咳ばらいが部屋に響き渡った。
「俺の“してやらなくもない”は…その、照れ隠しだ。」
「え?」
「本当は抱き締めてやりたい、一緒に眠ってやりたいと思うんだが、その…弟達には素直に言えるのだがどうも花子相手だと照れがだな…」
ちょっぴり反省したような顔のルキ君がそう言いながら
ちゅっと零れる涙を唇で救ってくれて、未だに顔を真っ赤にしたまま困ったように笑った。
「一年の記念…何かさせてはくれないか?」
「る、る、ルキ君…うえ…うえぇぇん」
「困ったな…折角素直になったのにどうして泣き止んでくれないんだ花子は。」
初めて聞く彼のストレートな言葉に
私の涙腺は先程より更に酷く崩壊してそのままぎゅうぎゅうと彼に抱き付いた。
なんだ、仕方なしじゃなかったんだね。
面倒じゃなかったんだね。
ちゃんと私の事大好きでいていくれてたんだね。
「ルキ君、ルキ君…大好き。」
「花子は素直だな。なら俺もそんなお前を愛してやらなくも……いや、違うな。愛させてほしい…花子。」
互いに愛の言葉を囁き合って困ったように微笑んだ。
ルキ君の真っ直ぐな言葉はとてもあたたかい。
今までの様に胸がズキリと痛む事はない。
只々ひたすらに私の心を満たしてくれるばかりだ。
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