2分前のプレゼント


「ルキ君!今すぐ私を掻っ攫って下さい!もしくは会社を潰してください!!」



「…無茶を言うんじゃない。決まった事だろう、仕方ないさ。」



「物分かりの良すぎるのは時に酷く私の心を傷付けるのよルキ君!」



4月23日。
恋人である花子は俺の腰に抱き付いたまま離れようとはしない。
もうすぐいつもの出社する時間だ。


「ホラ、花子…俺は気にしないから。いい子だから行っておいで?」



「るるるるるルキ君が気にしなくても私が気にするのに!うわんっ!」




幼子に言い聞かせるように優しく諭せば彼女の瞳からぶわっと勢いよく涙が零れ落ちる。
仕方ないじゃないか…もう決まった事なのだから。


花子は今日から明日まで泊りがけの出張へと駆り出されるらしい。
それが彼女が俺から離れようとしない理由である。
…そう、明日は俺の誕生日なのだ。



「やだやだやだー!ルキ君のお誕生日お祝いしたいよー!!」



「…お前のその気持ちだけで十分だ。」



彼女が心置きなく仕事へといける様に笑顔を作って頭を撫でてやれば
とんでもなく不服そうな顔でゆっくりと抱き付いていた腕を離す。
ああ、もう予定時刻から3分も過ぎてしまっている。



「花子、いってらっしゃい。」



「…………いってきます。」



どんよりとしたオーラを纏いながらとぼとぼと会社へと赴いた彼女へ苦笑してしまう。
なぁ、こういうのはどちらかと言えば祝ってもらうはずの俺が落ち込むべきなのではないのだろうか。


いや、淋しくないと言えば嘘になる。
俺だって自身の誕生日に最愛と過ごせないのは悲しいし、淋しい…


だが俺以上に盛大に落ち込んで嘆く花子を見ていればそんな悲しい気持ちさえ吹き飛んでしまうのだ。
俺はどうやら驚く程彼女に愛されているらしい。



「さて、準備をするか。」



静かに呟いた独り言はどこか弾んでいて一つ、苦笑。
誰かにここまで愛されると言うのは嫌な気分ではない。
明日の深夜、もしかしたらギリギリに帰ってくるかもしれない花子を労う為に自身の足を店へと向ける。





そして4月24日23:55…



「うーんやぁっぱり花子ちゃん間に合わないかぁ…」



「ったく、仕事くれぇやすみゃーいいのによぉ」



「ルキ…かなしく…ない、の?」



先程まで盛大に俺の誕生日パーティをしてくれていた弟達が口々に気遣いの言葉をかけてくれる。
そんな彼等にやはり少しだけ苦笑してしまう。



「仕方ないさ…少し寂しくもあるがまた来年にでも…」



俺がそんな事を言いかけたその時、遠くからバタバタと大袈裟な足音が近付いてくる。
この品のなさすぎる駆け足の音は俺の知る限り一人しかいなくて
反射的に勢いよく扉へと視線を向ける。



現在4月24日23:58…



俺の異変とこの足音に気付いたのかコウ、ユーマ、アズサは慌ただしく扉へと駆け寄り大きくそれを開いた。
と、当時に弾丸の様に俺の胸へと突っ込んできたのは待ち望んだ俺の最愛。



「ルキくーん!お誕生日っおめっ…おめでとう!!」



「花子…っ!んんぅ…っ」



彼女をギリギリ抱きとめてその言葉に顔を緩ませる暇はなかった。
こともあろうに花子は弟達の目の前で俺の唇と勢いよく奪ったのだ。



瞬間、ゴーンゴーンと今日という日が終わりと鐘が鳴り響く。
ゆっくりと離されれば彼女の瞳は不安で揺らぐ。



「あ、あの…プレゼント、間に合ったかなぁ?」


そんな言葉と共に俺の唇をむにむにと小さな指で弄ぶ花子に愛おしさが込み上げる。
ああもう、ここまで頑張って走ってきてくれたのかお前は…



「ギリギリ…間に合ったよ。」



俺の言葉に花子の表情は、とても明るいものへと変わり、そのまま俺の身体をぎゅうぎゅうと抱き締めた。
ああもう、誕生日は終わってしまったと言うのに最愛の抱擁さえもらえるだなんて
どうして俺はこうも幸せ者なのか…



「花子…ありがとう。俺は、とても…しあわせだ。」



こんな愛おしいひとを絶対に離すまいと
俺も彼女の身体に腕を回し、力強く抱き締めて互いに微笑み合った。



なぁ、次の誕生日はどうかお前を一日をこの俺におくれ?
少し強がってはみたが、やはりお前がいないとどうにも淋しくて仕方がないんだ。



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