おねだり


ほんとはね、もっと沢山キスしたいの。
ほんとはね、もっと深いのがいいの。
でもそんな事絶対に口にしない。



ルキ君にはしたない女だとか図々しい女だとか思われたくなんだもん。



「…花子、どうした。先程から突っ立ていて…こちらへおいで。」



「う…うん。」



いつもの様にルキ君の部屋へお邪魔したのはいいけれど
これもまたいつも通り自分はどこへ身を置けばいいのか分からなくて暫く扉の前で立っていれば
彼が困ったような顔で手招きしてくれたので、おずおずとルキ君の傍までやって来た。



「はぁ…だから、立ちっぱなしになっていると言ってる。…ホラ。」



「わぁ!」



大きな溜息をついた彼はそのまま傍に来た私の身体を引き寄せていとも簡単にその腕へとおさめてしまう。
うう…ルキ君と付き合って暫く経つけれど未だに私の心臓の音はこうされてしまうと、とても早いものへと変わってしまう。



「はは…花子、もうそろそろ慣れてもらわないと先へ進めないぞ?」



「さ、先って!先って!!」



彼の恥ずかしい言葉に私の顔はこれ以上にないくらいに真っ赤になるけれど
そんな私を見たルキ君は「愛らしいな」って言いながらそのまま唇を塞いでしまった。


そっと触れるだけの優しいモノに心はポカポカよ暖かくなるけれど
それと同時にもっともっとって思ってしまう浅まし過ぎる自分に酷く幻滅してしまう。



ああもう、どうかこんなはしたない私、ルキ君にばれませんように。



「ん、…花子」



「なぁに?ルキ君」



名残惜しげに唇を離されたた紡がれるは私の名前。
どうしたのかと首を傾げれば先程まで触れ合っていた唇にそっと今度はその綺麗な指を押し当てられてしまう。



「なぁ…そろそろお前も主人にオネダリというモノをしてもいい時期じゃないか?」



「!?」



彼のそんな言葉に私の心は酷く動揺してしまう。
どうしよう…ルキ君、気付いてた。
私の浅ましい気持ちに気付いてた。



どうすればいいのかわかんなくて頭、真っ白になってしまって何も考えられない。
けれど、そんな中でも一つ確実に私の思考に存在するのは彼に嫌われたくないと言う事だ。
動揺で震える手で必死にルキ君に縋り付いて謝罪と懇願の言葉を口にする。



「ごめ…ごめ…なさ、るきく…ごめ…おねがい…捨てないで…」



「ああ、違うな。それは間違った答えだ。」




こんな浅ましい私なんて捨てられてもおかしくはないけれど
それでも私はルキ君の傍に居たくて…彼の彼女でありたくて必死に途切れ途切れに言葉を口にする。
ルキ君はそんな私の手を取ってそのままちゅっと可愛らしい音を立てて指先にキスしてくれた。



「ルキ君…」



「ほら、花子…俺にどうしてほしい?言ってごらん…」



どこまでも甘く優しいその声色にじわりと涙を浮かべて
まるで魔法に掛かってしまったように私は彼の深く、愛おしいそのグレーの瞳を見つめながら初めてのオネダリの言葉を口にする。



「キス…してほしい」


「どこに欲しいんだ…?」


「く、くちびる…」


「どんなキス?先程のような…?」


「ううん…もっと、ふかいの…んぅぅ」




とても恥ずかしかったけれど一生懸命にそう言えば
私の言葉の直後にその唇は望んだとおりに深く、深く、熱く塞がれてしまう。



「ん…んぁ…るきく…んぅぅ」



「ん、…はぁ…んんっ」



部屋に厭らしい水音が響き渡って、聴覚さえも犯されてしまい、私の身体からは次第に力が抜けていく。
彼の舌に口内を犯されて、私も夢中でそれを追っていればゆっくりと離されてしまい酷く淋しく感じてしまう。
ああ、もっと…もっとルキ君とキスしたいよ…



「なぁ花子…」



「んっ…ルキ君…」



また指で唇をなぞられてビクリと体が揺れる。
彼はそんな私の反応を見てとても意地悪に、優しく微笑むのだ。



「キス…一度だけで満足なのか?」



「…ううん。たりない…もっと、たくさん…たくさんしてほしい。」



「イイコだ…褒美をやろう」




どうして?わたし、ルキ君にこんなに沢山我儘というかおねだりしているのに
どうしてそれがイイコになるのだろう?


彼の言っている意味がよく分からなかったけれど、どうしてかルキ君が酷く嬉しそうに笑うから
もう別にどうでもいいやって思って与えられる待ち望んだご褒美をありがたく堪能することにした。




(「花子からおねだりしてくるまで待った甲斐があったな。…この表情はとても愛らしい。」)



(「…?ルキ君?何か言った…?」)



(「…いいや、何も。それよりホラ、褒美の続きだ。受け取れ…」)



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