ありがとう


カタリ。
小さな音が聞こえる。
その音を合図に俺の足は少し早く、玄関へと向かう。



早く
早く
はやく



早くお前にありがとうを言わなければ




「花子、おかえり」



「………、」




俯いたまま何も話さない最愛を自身の腕に抱きそっと額にキスをする。
するとじわりと浮かぶ苦痛の涙。
ああ、うん…今日もよく頑張ったな。



「花子、今日も生きていてくれてありがとう」



「………、」




「お前がこうして息をしてくれていると言う事実が何よりも俺は嬉しいよ。」




「………ルキ」




震える腕が俺の背中に絡みつく。
それが嬉しくて彼女を抱く腕に思わず力を込めてしまう。
ああ、どうしてお前なのだろう…
お前を愛する事がなければすぐにでもその息の根を止めてやれるというのに。




「ルキ、もうやだ…いきたくないよ」



「花子………すまない。生きていてくれないか?」




彼女は語らない。何も語らない。
只、こうして生きると言う事を放棄したがっているだけ…
何が彼女をここまで絶望させているのか話してさえくれれば力になってやれるやもしれないのに。



「俺は骸を愛する趣味はないから…生きるお前を愛したいから…明日も…こうして生きていてくれ。」



震えるその瞳に唇を落として懇願すればポロリとまたひと粒零れる涙。
何もしなくていい。
何も求めない。
ただ、こうして…息をして、その小さな心臓を動かしてくれてるだけでいい。
花子が此処に生きている。
その事実が俺にとっては酷く嬉しく愛おしい事なんだ。



「花子、お願いだ。明日もこうしてお前を抱き締めて、礼を言わせてくれ。」



「私が生きていてお礼だなんて…ルキだけ、」



「それでいいさ。お前を愛しているは俺だけで構わない…」




小さく笑えば花子はようやく俺の腕の中で微笑んだ。
一緒に零れた涙を唇で掬えばどこか温かい。
きっと、安心するのだろう…自身が必要とされている事実に。



「ルキ、ルキ…ありがとう。今日も私にありがとうって言ってくれて…ありがとう。」



彼女のそんな言葉に心が酷く穏やかになる。
ああ、なんて愛おしい。



「もう私はルキがいないときっと生きる事も出来ないね。」



「ああ…そう、だな」



静かなその言葉をそっと自身の唇で飲み込めば
仄かに桜色になる彼女の頬に苦笑する。
きっといなくなって生きる事が出来なくなるのはお前ではなく俺だろう。



こんなにお前を愛して執着してるんだ。
きっと本当にお前がこの世からいなくなれば後追いなんて息をするように簡単にしてしまいそうだ。


そんな心のうちは彼女に明かさないまま
またそっとその唇に噛み付けば漏れる吐息に自身の感情を剥き出しにしてその場に押し倒した。




なぁ花子、俺は多分お前が思っている以上にお前を愛しているのだと、思う。



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