愛はいらない
「ねぇ花子さん、僕はとんだ思い違いをしていたようです。」
「か、なと…く…」
ゆらゆら揺れる瞳に映る僕はとてもすがすがしい笑顔。
嗚呼、どうしてそんなに瞳を揺らしているの?花子さん。
どうしてそんなに沢山の涙をためているの?
「誰かに愛されたい…ずっとそう思っていましたけど、どうやら違うみたい。」
「……う、ふっ…っ、」
遂に零れた涙と嗚咽。
それは無言で「僕に自分の愛が伝わらなかった」と嘆いているようで
ギリリと手に持っているナイフに力を込めてしまう。
ねぇ、誰が君に愛してってお願いしたんですか。
「花子さんはいつだって僕の為、僕の為と言って沢山叱ったよね…」
「だって、カナト君の為にならないって…おもって、」
「花子さん」
普段より低い声で彼女の名前を呼べばビクリと揺れる体。
嗚呼、もう分かってるんですね
“僕の事を愛している”君は僕が笑っているけれど酷く怒っている事を…
「花子さんは悪くないよ?僕を“愛した”だけだもの。…只、僕が求めていたのが“愛”じゃなかっただけ。」
「………そう、」
ひとも誰も、大勢が【愛】は時に対象者を咎め、慈しみ、理解し、認め合うものだというけれどそんなの僕はいらない。
ただ、たくさんいるお人形の様に、使い魔たちの様にひたすら僕を肯定し続ける都合の良いものだけしかいらないんだ。
彼女と…花子さんと過ごしてきてそれがようやく理解できたよ。
僕の言葉に絶望した彼女がもはや言葉を紡ぐ事はない。
けれど、もしかしたらまた「これはカナト君の為」って煩く喚くかもしれない。
さっきみたいに言葉ではなくて涙と態度で僕を責めるかもしれない。
だから…
「ねぇ花子さん?お人形ってきっと楽しいと思うんだけど…どうかな?」
「………うん、カナト君がそうしたいならいいよ?」
「そう、」
初めて、花子さんが僕を全面肯定してくれた瞬間だった。
嗚呼、花子さん…その言葉、もっと早く聞きたかったよ。
「これからは“僕を愛するいきもの”じゃなくて“僕を肯定するモノ”としてよろしくね?」
振りかざすナイフの先にあった彼女の顔は
どうしてだか泣きながら笑っていた。
“嗚呼、カナト…何度同じ過ちを犯せばいいのだろう”
何処か遠くて父様の声が聞こえた気がしたけれど
きっとまだ幼い心の僕の空耳だと、僕を愛した生き物の心臓を深く深く抉り取ってしまった。
これが…この子が、
花子さんが僕を愛し、慈しんだ最後のひとだったとは
今の僕には分からないままだ。
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