カウントダウン


この腹を刃物で突き破ればいいのか
この身体を薬漬けにして息を止めればいいのか
この大空に全てを投げ出し無様に地面で潰れればいいのか



もうどれでもいい
この世からいなくなってしまいたいだけだ。





「ねぇルキ、死にたい」



「そうか」



隣り合って座り、互いに視線を合わせずそんな会話を交わす。
少し彼の声が震えているように感じたのはきっと気のせい。


静かに溜息を吐いてどこを見つめる訳でもなく焦点を合わせないまま虚ろに景色を眺める。
嗚呼、きっと色鮮やかであろうこの景色さえも、もはや灰色にしか見えない。



「なんでルキは私を殺してくれないの?ヴァンパイアにとって死は祝祭なんでしょう?」



「花子は人間だからな。」



もっともな彼の意見に少しむっとしてようやく視線を彼に向けてフォーカスを合わせる。
すると鮮明に見えたルキの眉間には皺が寄っていてとても辛そうな表情をしていた。
……辛いのは紛れもない私なのに。




「ルキ、世界が灰色にしか見えなよ。」



「………そう、か」




別にどこが悪い訳でもない。
至って健康体、五体満足の恵まれた体だ。
ただ、心が腐って死んでいるだけ。
それだけで、生命維持に何ら支障はないので今の私のこの願いは非常に贅沢だと思ってる。




でもそれはあくまで一般論だ。
現に私は今この世から消えたくて仕方がない。




「吸血鬼に生まれたかった。」



「花子、」




ぼそりと呟けば塞がれた唇。
彼にとっては愛情表現なのだろうが私にしてみれば只唇同志を重ねるだけの動作だ。
なにがどう変わる訳ではない。
きっとこんな事でさえ心臓が跳ね上がる事はない私はもう手遅れなのだろう




「花子、俺がお前を愛しても…世界は灰色のままなのか?」



「ねぇルキ…死んだモノは再生できないし、腐ったものもそれは同じなんじゃないの?」




こんな腐り死んだ心に愛を注いだとして何になるんだろうか
そんな無駄な事をしなくとも今すぐに私を殺してくれる方がよっぽど嬉しい。




「私が吸血鬼だったらきっとルキも喜んで殺してくれたよね。」



「………、」



「私は人間だから…死は祝祭じゃなくて只の悲しみと罪になるものね。」



「花子、」



「そうだね、ルキに罪は背負わせれない、か」



「花子、そうじゃない…」




吸血鬼にとっての祝祭が人間に同じく当てはまる訳ではない。
ならばこれ以上彼から死を懇願するのさえ無駄だと立ち上がれば不意に腕を掴まれた。
今はしっかりと聴こえる震えきったルキの声。




「ルキ?」



「腐り死んだその心…俺に預からせてくれないか?」




今にも泣きそうなその声と瞳に小さく息を吐く。
別に彼に付き合う義理はないけれど…
どうしてかこのまま立ち去ってはいけない気がしたのだ。




「じゃぁ一か月だけ…預けるよ。でもその後は、」




「ああ、もし花子の心が…花子の見る世界が灰色のままだったらその時は俺が罪ごと花子を飲み込むから。」




どうして彼がそこまで必死になるのかも分からない。
けれど一か月待てばこの吸血鬼が私の命を終わらせてくれると言っているのだからそれに乗っても別にイイと思った。



どうせこの心が…世界が鮮やかになる事なんてないのだから。




「一か月後…楽しみにしてるね、ルキ。」



「ああ、俺も…楽しみだよ。」




互いの楽しみの意味が違っているのさえもう今はどうでもいい。
只、私は来たる自身の死を受け入れる準備期間だと思ってる。




一か月、
私とルキのカウントダウンが始まった。



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