空いた穴


あれから…花子さんをお人形にしてから数百年。
どうしてだか胸にぽっかり穴が開いた状態が続いている。



「ホント、どうしちゃったんでしょうね…僕は。」



チラリと沢山のお人形を見つめてもこたえは返ってこない。
彼女達は僕の考えを肯定してくれるだけだ。
意見なんて絶対にしない。



「ねぇ花子さん、君なら答えてくれるんじゃないの?」



一体のお人形に近付いてそう囁くけれど
彼女は…花子さんも以前のように答えをくれるどころかヒントさえ出してくれない。



ただ虚ろに一点を見つめる作り物の眼球がそこに存在しているだけ。



そう言えば花子さんを人形にする前は苛立ちやむかつきもあったけれど
胸の喪失感はなかった気がする…
どうして?
どうして今、僕はこんなにも何かを失った気になるんだろう。




ふと、その時、数百年前の彼女の言葉がよみがえった。




『カナト君、愛してる。…誰よりも私は貴方を愛してる。』




…………あ、



じわり
ぽたり



ゆっくりだけれど確実に涙が零れ落ちる。
いらないって、言ったはず。
必要ないって、思ったはずなのに…




「花子さん、花子さん…」



直立不動の彼女に抱き付いて何度も何度も名前を呼ぶけれど
返事は返ってこない。ひたすら僕の言葉を受け入れるだけ。
ただ、それだけ…



「う、ふ…っ、」




気付いてしまえばもう後は崩れ落ちるだけで
ずるずると彼女に縋りながらその場に膝をつく。
愛はいらないって思ってた…けれどそれは本当に思っていただけ。



失って、永過ぎる時間の果てに気付いてしまった今ではもう遅い。



彼女を自らの手で壊した後、誰も僕を咎めるひとはいなくなった。
初めはそれが酷く心地よくて、満足だった。
でも時が経つにつれて自ら開けた小さな穴はどんどんと拡大していって今や心の大半は何もない状態だ。



「そうか、僕のココを埋めてくれていたのはいらないって思ってた君の“愛”だったんだね。」



遅い。
遅すぎる。
彼女の愛がいかに僕を満たしてくれていたのか気付くには酷く遅すぎた。



…だってもう花子さんは僕を受け入れる事しかできやしない。



「花子さん、ねぇ…もう愛してくれない?」



………



「ホラ、僕、間違ったよね?怒っていいよ?ねぇ…ねぇ、」



………



もう彼女は僕を咎めない、責めない、怒らない。
だってその術は全て僕が取りあげてしまったから。
只々、他のお人形と同じく僕の言葉を聞き入れるだけ。




なのに今酷く胸が痛いのは生まれて初めて僕が僕自身を咎めているから




「ごめんなさい…花子さ、ごめ、なさ…」



静かすぎる部屋の中での嗚咽は酷く響く。
彼女が生きているうちに言う事が無かった謝罪の言葉が途切れ途切れに紡がれる。
嗚呼、どうして僕はいつだって正しい事をするのに時間がかかってしまうのだろう。




もう全ては終わった後だというのに…




「う、うあ…うあああああ」



声をあげて喚くけれど彼女の体は動かない、暖かくない、抱き締めてくれない。
只悲痛なこの叫びは壁おお人形たちに吸い込まれて消えるだけ。



生まれて初めて後悔して喚いて絶望した。



もう二度と花子さんは動かない。
僕を愛してくれない。



「愛して…愛してよ花子さん、」




いらないと思っていたその感情が今は酷く恋しくて
理不尽にも懇願するけれど作り物の眼球と、薬漬けの肌では反応も何もない。



ああどうか、叶う事ならもう一度
僕が愛の尊さに気付いた記憶そのままに時間よ逆回って…?



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