窮屈な世界


私の趣味は人とは少し変わってる。
それは自覚はしているけれどやめられない。



嗚呼、なんて素敵な休日!




「全くまたそのような格好を…花子さん、もう人間界ではロココ時代もヴィクトリアン時代も過ぎたはずですが…」



「ええ、分かっているわ。けれどやっぱり私はこういうお洋服しか着たくないの。」



呆れきった声に悪びれもなく答えれば次に帰って来たのは大きな溜息と心地よい紅茶の香り。
やっぱり休日は好きなお洋服を纏って最愛の淹れる紅茶と手作りのスイーツでひと時を過ごすに限ると思うの。


だって仕方がない。私はレースもフリルも大好き。腰回りを可愛らしいリボンで編み上げられた日なんかもうたまらない。



「レイジはこういう格好はお気に召さない?」


「幾ら私が気に要らないと言っても貴女は易々と自身の世界を手放さ差ないでしょう?…私の意見など、無駄かと。」


「そうね」


そっと差し出されな上品なティーカップにゆっくりと唇を付けて唇で弧を描く。
幾ら最愛のレイジが気に食わないからと言って私は私の世界勘を崩すつもりはない。
誰かに合わせて自身の根本を変える位ならばいっそ全ての繋がりを断ち切った方がマシだわ。



瞳を閉じて紅茶の味と香りを楽しんでいれば少し離れたところでカタリと音がした。
ゆっくりと視界を解放してやると呆れたような…困ったような表情で微笑んでいるレイジが私の向かいに腰かけてこちらを覗き組んでいた。



「私の意見などで自身を歪めないからこそ…たかが人間の貴女に惹かれたのでしょうね…私は。」



「ねぇそれは褒めてるのかしら?」



「勿論褒め言葉ですよ。それより味は…いかがです?」



そっと頬に触れられた手は私と違ってひんやりと冷たく心地いい。
嗚呼、彼の生きている世界だったらもっと楽に過ごせたかもしれないけれど残念ながら私は生まれながらに人間だ。
人間世界でこの世界観を保つ苦労は覚悟している。


彼が自信作の味を問うてきたのでそのままその手を強引に引っ張って唇を合わせてあげる。
ふわりと互いの間に優しい香りが広がった。



「いかが?レイジの渾身の紅茶の味は。」



「ええ、そうですね…悪くはありませんがもう少し改善すればもっと貴女好みの香りになりそうです。」



「なら次回作も期待しているわ。」



そっと名残惜しげに距離を開けてそんな会話をしながら互いに微笑む。
嗚呼、いつまでもこんな素敵な時間が続けばいいけれど時は残酷だ。
後数時間もすればこの休日は終わってしまう。
私もいつもの人間社会に溶けこむ格好をしなければならない。



「生きて行くためとはいえ、休日しかこういう格好が出来ないのは辛いわね。」



「……その事なのですが、花子さん。」



小さくぼやけば私以上に聞き取りにくい音量で言葉を紡いだレイジに首を傾げる。
じっと彼を見つめれば何度か咳払いの後、そっと手を優しく包み込まれてしまった。



「私達の世界…魔界でしたらその格好…いつでも出来るのではないですか?」



「…………ねぇレイジ、私は馬鹿で愚かで愚鈍な人間だからハッキリ言ってもらわないと分からないわ。」



緊張でかわからないけれど顔を真っ赤にしてしまったレイジにひとつ、意地悪を言えば
その眉間に皺が寄って「嘘つきですね」と言われてしまう。
だって仕方ない。そういう特別な事はちゃんと言葉で表してほしいの。



「ねぇ花子さん、貴女…吸血鬼になるつもりはありませんか?」



小さく息を吐いた後にそっと紡がれたその台詞に
私はようやく満足気に微笑んでそのままちゅっと私を包み込んでいる彼の手にキスを落とした。




「そうね、喜んでそのお誘い受けるわ。だってこの世界は私にとってとても窮屈だもの。」




私の言葉に安堵したレイジはそのまま露わになっていた首筋に
吸血鬼への招待状をブツリとゆっくり埋め込んだ。



嗚呼、もしかしなくとも私は
貴方のそんな言葉をずっと待っていたのかもしれない。



「きっと貴方に惹かれたのも私の世界と似た空間に生きているからね。」



「…花子さん。それは真意ですか?」



ずるりと一旦私から引き抜いたそれを拭うことなく不安げに問う彼に苦笑してそのまま唇を奪う。
嗚呼、私の味はこんな感じなのか。



「ごめんなさい、意地悪を言ったわ。レイジ…愛してる。」




そっと愛を紡いでもっとと、強請るように自ら首を差し出せば
低く笑って再びピリリと痛みが走る。



馬鹿なレイジ…



私が貴方に惹かれたのは他の人間と少し違う感性、世界観を持つ私を
馬鹿にせず、笑わず、受け入れてくれたからよ。



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