365日、大人


花子の誕生日は10月18日。
俺と同じ。



けれど彼女が生まれたのは俺より一年だけ早かった。




「おーおー。シュウ君今日もお疲れ?ほら、おいでおいで。」



「…………別に疲れてないし。」




親父の呼び出しを食らってしぶしぶ魔界へと赴き
クソダルい話を聞かせれて満身創痍で屋敷に帰ってくれば花子が待ってましたと言わんばかりに
ソファに腰かけ、自身の膝をぽんぽんと叩いてコチラを笑顔で見つめる。



そんな彼女に小さく悪態をつくも足はふらふらと吸い込まれるようにそちらへと向かう。
そして気が付けば俺の頭は花子のご要望通り彼女の膝の上だ。



「またお父様に何か言われたの?」



「……ん、」



「そっか…えらいえらい、シュウ君お疲れさま。」



「……ガキ扱いするな。」



彼女の問いかけに短く返事をするとすべて見透かしたかのようなやわらかい声色と共に
同じくやわらかい手が頭や頬をゆったりと撫でる。
そんな彼女の行動に少し体の力が抜けたことが悔しくてギロリと視線だけ睨みつければそれを見た花子は少し、困ったように笑った。




「シュウ君は逆巻では一番お兄ちゃんなんだから、私がいるときだけでも甘えなさいよ。」





花子の言う通り望んではないけど俺は家の長男で
ほかの兄弟たちよりかは少しばかり背負うものが多い。



望んで手に入れたものではないからそれが不満で仕方がないけれど、だからと言ってそれを誰かに吐き出していいとは教わってない。
…花子だけがそんな俺に少しだけ、少しだけこうして吐き出す術を教えてくれた。




「………花子は誰に甘えるんだよ。」



「………いいこいいこ。シュウ君はいいこだよ。頑張ってるよ。」




俺の言葉をいつだって花子はこうして暫くの沈黙の後はぐらかすけれど…俺は知っている。
彼女も…花子も誰かに甘える術を持っていないということを。
誰かを甘やかす術は幾つも持ち合わせているくせに、反対のソレは彼女の両手にひとつも存在しないのだ。



「なんで花子は俺に甘えてくんないの?」



「シュウ君は私より年下だから。」



「………たった365日だろ。」



彼女にも甘える術を持ってもらいたくて何度も何度も問いただすけれど
返ってくる言葉は俺が彼女より一年だけ若いからという理由だけ。
それはいつだって深く俺の胸を抉っていることに花子は気づいているのだろうか。




だってそれはつまり
ガキの俺には話しても無駄って事だろう?





「花子、花子…甘えろよ。」



「あはは、そんなぎゅうぎゅう抱き着きながら言われてもなぁ…」




彼女の腰に腕を回し、ぐっと力を込めて締め付け懇願するけれど
花子は一向に俺の望みを叶えようとはしない。
だたひたすらに疲れ切った俺の体と心を癒すことしかしようとしない。




俺だって、甘える術を教えてくれた花子に少しだけでもこの気持ちを分けたいんだ。
甘えるという心地よさと、それによって出来る安堵と安心を教えてやりたい。




甘えることが出来ない辛さは誰よりも知っているのに
俺は花子に何もしてやることができない。




だって花子が甘えろと、差し出す俺の手を取ろうとしないから…





「花子…花子、どうしてあんた俺より早く産まれてきたんだよ。」



悲痛な俺の声にピタリと撫でる手が止まる。
不思議に思い、上を見上げると
悲しそうな…寂しそうな…それていてとてもつらそうな花子の顔が視界いっぱいに広がった。



「それはきっとこうしてシュウ君を甘やかすために、だと思うよ。」



「………っ、馬鹿。」



その言葉に俺の顔も酷く歪んで一粒、涙がこぼれた。
だってそれは完全拒否の表れだ。
俺には花子を救うことが出来ないと言われたようで酷く痛い。



別に花子に恋心とか抱いてたわけでも無いはずなのにどうしてだか失恋してまったようなこの苦しさに息が詰まって
もう一度、彼女の腹に顔をうずめて静かに泣いた。




失恋ではないけれど
俺の想いが届かなかったというのはもしかしたら失恋に近いものなのかもしれない。




俺に大事なものを教えてくれた花子に何も返せないまま
ただ、こうして彼女に甘えてしまっている俺は大罪ものだけれど
差し出した手を取ろうとせず、ひたすら苦しそうな顔を続ける彼女はもっと重罪だろう。




なぁ花子、いつか…
俺でない誰かに甘えられる日が来るといいな。




彼女の誕生日は10月18日。
俺と同じ。
けれど彼女が産まれたのは俺より一年だけ早かった。




たったそれだけの差で
こんなにも立場が開いてしまうのかと思うと
酷く、胸が痛い。




届けたいこの想いは
365日だけ大人の彼女に届くことは一生ないのだろう。



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