大事にして


「一生俺の事、大事にして。」



…いやいやそのセリフは恐らく私が言うべきセリフなんじゃないのかと
冷静に頭の中でツッコミつつも、その少しばかり私の返答が不安だったのか小さく揺れる瞳にひとつ、ため息をついた。




「わかった。一生養ってあげる。」




…そんな目、されたら断る気なんて起きない。
そっと瞳と一緒に震えてた唇に触れて、静かに笑ってそれを自身のもので塞いでやった。





「…なぁ花子なにしてんの。」



「…何ってどう見ても仕事だよね。」




ぶっすーといった具合の不機嫌顔の最愛が私の相棒を取り上げて目の前に座る。
全く…結婚してからこういうの、少しは収まると思ったけど。



「ちょっとシュウ。パソコン返しなさいよ、仕事。」



「やーだ。…今日はもう終わり。」



「やーだじゃないよ。年末に向けて忙しいんだって、の!」



ノートパソコンを上のほうへと持ち上げたままコチラを睨みつける目は未だに不機嫌。
何だよ構ってもらえなくて機嫌損ねるとかどこの子供だ、私はお子様と結婚した覚えはない。



彼の反論に耳を貸さないまま私は手を伸ばすだけじゃ届かないノートパソコンへと勢いをつけて飛びついた。




どさり




「……痛い。てか重い。」



「自業自得でしょ。てか嫁に向かって重いとは何事だ。」



「だって本当の事だろ。」



「うるさい黙って、もうこのままでいいから仕事させて。」



「………、」



彼がノートパソコンを手に持っていたので私が飛びついたということは
必然的に彼に襲い掛かるというか覆いかぶさる形になってしまった訳で
そのまま体勢を崩してしまったシュウは現在悲しいかな床と私の体で板挟み状態である。




けれど今どいてしまえばまた仕事道具であるパソコンを取り上げられてしまいそうだったので
彼を動けないこのままの状態にして再度カタカタとキーボードに指を滑らせる。
するとぎゅっと私の体に大きくてたくましい腕が巻き付いた。




「シュウ?」



「花子…約束守ってくれてないな。…俺の事一生大事にするって。」



「いやいやしてるじゃない。だからこうして働いてるんだってば。」



「…………」




不服そう…すっごく不服そう。
だって私の返答を聞いてから抱き締めてるシュウの腕の力めちゃめちゃ強くなった。
ほんと、こうやってあからさまに態度で示すのかわいいって思うけど締め付けられすぎて少し苦しい。



シュウにプロポーズ的なことをされたあの日の言葉を言われてしまって苦笑した。
女の子の理想的なプロポーズとは正反対な言葉だったのだから。



普通は「俺についてこい」とか「一生大事にする」とかだと思うけど、彼は…シュウは全くの反対の言葉を私に投げかけたのだ。




“俺の事一生大事にして”





けれどその言葉程嬉しいものもなかった。
あの日の不安げな瞳は忘れない。



私が自分を愛していると確信しているけれど、それでも…もし、
もし拒絶されたらどうしよう…そんな愛おしい目。




それから二人でこうして小さな町はずれに同じく小さな家を借りて
なんだかんだで貴族生活だったシュウよりも私のほうが働けると思い職に就いた。



別にそれは全く不満に思ってない。
と、言うか働く事自体、自身の能力を求められている気がして好きだし
仕事で疲れたシュウの顔を見るくらいならと、自身で進んで仕事をこなしてる。




「………もっと構えよ。」



「ん?なんか言った?」



「別に。」



「うええええ痛い痛い痛いマジ痛いってシュウホント今日どうしたのおかしい。」




ぎゅうぎゅうぎゅう



小さくて聞こえなかったシュウの言葉を聞き返そうとしても
それにこたえるのはさらに強くなる腕の締め付けだけで
苦しすぎて思わず変な声を出しながらも最後の仕事文章を打ち終えて何度か保存ボタンを押した。




「はぁ……で?シュウが不機嫌さんな理由はなぁに?」



「花子が俺との約束を破るだらしない女だから。」



「言い過ぎにも程があるしめちゃめちゃ大切にしてるじゃない。」




ようやくノートパソコンを閉じて視線を私の下のシュウへと移すと未だに不機嫌顔。
そしてひどすぎる言葉が返ってきたので少し腹が立ってその綺麗な額を軽くビシっと弾いた。



すると彼の眉間には少しばかりの皴が出来てしまう。
やだい、本格的にご機嫌を損ねてしまったようだ。




「俺が言いたかったのはこういう事じゃない。」



「え?でも、シュウを大事にって、」



「違う。」




彼の言葉の意味が分からず首を傾げた瞬間視界が反転する。
…全く、普段動かないくせにこうやって私を押し倒すのはもはやプロレベルである。



「シュ、」



「俺は花子に大事にされたい。」



「?だからこうして、」



何度も何度も大事にされたいと聞かないシュウに対して
同じく何度もこうして大事にしてるでしょ?と反論しようとしたけれど
そのまま包み込むように抱きしめられて紡ぐはずの言葉を忘れてしまった。
シュウの体はどうしてかプロポーズの日と同じように少し震えている。



「シュウ?」



「こうやって俺の腕の中でずっと、俺の事だいすきって…」



震える声、震える体、
そしてやっぱり震える唇。



彼なりに必死に伝えてくれる彼にとっての“大事”はどうやら私とは少し違っていたみたいで
その差を教えてくれたシュウは今まで言えなかった分今日、こうして我慢の限界がきて少しばかり勇気を出して言ってくれたみたい。




大事にするって、あなたを大事にするっていうよりも
あなたへの愛を大事にするってことだったんだね。




「ふ……ふは…っ」



「………花子、俺は真剣なんだけど。」



「ごめんごめん、余りにもシュウが可愛かったからさ。」




彼のそんな望みが可愛くて愛おしくて…くすぐったくて
思わず声を上げて笑ってしまうと少しむっとした声色で怒られてしまった。
だって仕方ない。
シュウがこんなにも愛おし事を言ってくるのがいけない。




「でもさ、こうやってずっとシュウの腕の中でだいすきって言ってたら仕事できないよ?」



「いいんじゃない?」



「いやいや生活できないし。」



「………いいんだよ。考えはあるから、花子はホラ…言って?」




腕の中でもぞもぞ動いて彼の顔を見上げ、もっともな言葉を投げかければ
よくわからない返答をもらってしまったけれどどうしてだかその表情は自信満々といった感じで
何だか考えがあるみたいだしと、今日はシュウの望むように愛の言葉をこの腕の中、何度も紡いでやろうと思って目を閉じた。




「シュウ、だいすき」




私のその言葉にふわり、彼の空気が少しだけ柔らかなくなったような気がした。






後日、彼のお父上から
「シュウから嫁が社畜で構ってくれないから跡継ぐと不純すぎる動機で跡継ぎ受け入れられて戸惑いしかない」
と相談を持ち掛けられてしまって思わず飲んでいたジュースを盛大に吹き出してしまうのはまた後の話。



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