うさぎのしろちゃん


少しばかり狭苦しい小さな部屋。
ちょこんとそこに置かれているのは同じく小さなウサギのぬいぐるみ。



「しろちゃん、いる?」



「い、いるぜ!どうした花子、またスバルに意地悪されたのか?」




そこにひょっこりと顔を出した少女は俺の最愛、花子。
目は少しばかり赤くていまだに頬には涙のあと。
そんな彼女が部屋の中に置かれているうさぎの応答を聞いて嬉しそうに笑う。


部屋の向こう側にいるのは俺。
薄い壁にさえぎられていて、奇妙な裏声使って必死にうさぎの言葉を紡いでいる。




「ううん、違うよ。私、スバル君に意地悪されてないよ?」



「じゃぁなんで泣いてんだよ。スバルに怒鳴られてここにきたんだろ?」



「しろちゃんは何でも知ってるんだね。…すごいや。」



ひょいっとうさぎのぬいぐるみ…彼女曰く「しろちゃん」を抱き上げて困ったように笑う彼女は魅力的。
そんな彼女を部屋の向こうから裏声使って必死に慰めてやってるしろちゃんの中の人こと、逆巻スバル本人は最高に健気である。



や、ほんとはこんな回りくどいことしねぇで謝りたいんだけどよ。
…花子がビビり倒してこっち近づいてこねぇからしぶしぶこの形をとってる。




以前むしゃくしゃして壁を殴りつけた時にたまたま居合わせた最愛…片思いの相手の花子が
その場面を顔面蒼白で見つめてすげぇ涙ためてどっかへ走り去ったとき、たまらず追いかけたけど俺にビビり倒してる花子を捕まえた所でさらに泣かせてしまうと思って
どうすればいいか悩みながら足を進めているとカナトの部屋から放り出されたであろう白いうさぎのぬいぐるみに躓いた。


それを認識した瞬間迷うことなく拾い上げぽーいと花子にめがけて優しく…あくまで優しく放り投げて俺自身は素早く物陰に隠れた。




『……うさぎ?』



『よ、よう!俺はうさぎのしろちゃんだ!なんだお前、どうした。泣いてんのか?怖いことでもあったのか、俺に話してみろ!』




…それから花子と「うさぎのしろちゃん」と俺と
奇妙な関係はこうして続いてしまっているわけだ。



「ま、まったく…スバルは本当に乱暴者だよなっ!で、でもあいつも悪気はねぇっつーか…」



今回は花子がフラフラとおぼつかない足で歩いてたから心配になって話しかけてみたら
「勉強で連日徹夜してた」って返ってきてしまい、思わず「はぁ!?」とデカイ声を上げてしまった。
そしたらやっぱり案の定、花子は体を大げさに揺らしてなんとか作り笑いを保ちつつそそくさと俺の前から姿を消したのだ。




…最初の壁壊した時の印象が花子に根付き過ぎちまってんだろうな。




「スバルはびっくりしたんだよ。花子がずっと徹夜で寝てないって聞いたから。だから大丈夫かコイツっていう意味で怒鳴っちまったんだって。」



「……うん、そうだね。スバル君、本当はやさしいもんね。」



「お………おう、わかってんじゃねぇか。す、スバルはな…」




花子の予想外すぎる言葉に動揺が隠せない。
何だよそんな風に思ってくれてたのかよ…ちょっと嬉しい。
花子もそうだが俺もこの空間、というかしろいうさぎを挟むと素直な言葉を伝えられる。



『しろちゃん』でいるとき、花子は俺に…というかコイツになんでも相談してくれた。
そして俺もいつものようにそっけなくでもなく、怒鳴り散らすわけでも無くちゃんと話を聞いてやれて伝えたい言葉を伝えることが出来てた。
…もしかしたら、今なら…今なら伝えられるかもしれない。
俺がずっと彼女に伝えたかったこの気持ち。




ひとつ、壁越しの彼女に聞こえないように深呼吸。
大丈夫、今から伝えるのは俺の本心だけど俺が言うんじゃない。
何でもお見通しの『しろちゃん』が俺の気持ちを察して伝えるだけだ。




「スバルはな、花子の事がだーいすきでいつも心配して見守ってんだよ。…不器用だけどな。」




響き渡った奇妙な裏声の告白もどき。
もう花子に怯えきられてる俺として伝えることは出来ねぇだろうからこうしてかわいいぬいぐるみ越しに伝えてしまった。
別にもう両想いになりてぇとか贅沢な事は考えない。
ただ…ただせめてこうして想いを伝えることくらいはゆるし、




「それは壁越しの本体さんから聞きたいよしろちゃん。」





……………は?





花子の口から出るはずのない言葉が耳に入って体が硬直する。
つか全身やばいくらい汗が流れてしまって鏡ねぇけど今全身真っ赤な自覚はある。




ど、ど、ど…




「どぉぉぉいう事だよ花子!おまっ、い、いつから!いつから気付いてやがった!!!」



「わ、わぁぁぁ!すば、スバル君!壁!!壁また壊した!!」




すげぇ大きな音を立てて薄い壁を壊して出来たデカイ穴から花子のいる部屋へと上がり込む。
するとまたぶわっと涙を溜めながら花子は叫ぶけど今それを気遣ってる余裕はない。




「だ、だか…だから!いつ!!いつから!!!!」



「ええと、『よう!俺はうさぎのしろちゃんだ!』からかな。」



「まさかの初めからじゃねぇかチクショウ!!!」



花子に掴みかかる勢いで迫って問いただせば
やっぱりビビリながらも一生懸命返ってきた回答にその場に崩れ落ちる。
ばれてた…しかもしょっぱなから余裕でばれてた!
何だよ俺すげぇ頑張って裏声つかったりしてたのにクソ恥ずかしい今すぐ死にたい!!



ぶるぶると恥ずかしさで震えてればひょいっとしゃがんでじっとこちらを見つめる花子に気づき目を合わせる。
するとまた花子の体が大げさに揺れて少し泣きそうだ。



…別に睨んでるつもりはないけれど花子からしてみれば睨まれてると思うのだろうか。
『しろちゃん』でいた時はあんなにやさしくできたのにどうして俺は…




少し重めの自己嫌悪に陥りそうになった俺に投げかけられたのは救いの言葉。
その言葉に俺はもう血が沸騰するんじゃねぇかって位顔面を赤くしてしまう羽目になる。





「だって怖いけど不器用で優しい、大好きなスバル君の声だもん。ちょっと変えたってわかっちゃうよ。」



「………………ちくしょう。」




ゆっくりと、そしてできるだけ優しく揺れた体を抱き寄せて自身の腕の中へとしまい込む。
いつだってこうしてやりたかったけど絶対ビビられてるだけだと思ったし、『しろちゃん』の時は手さえ伸ばせなかったから…




「俺の事怖いくせに好きなのかよ」



「うん…でもやっぱり怒鳴り声は怖い、かも」



「………ださねぇように努力は、する。」





ぎゅうと一生懸命俺の背に回された小さな手に力がこもって胸がくすぐったい。
なんだよ、そうならそうと最初から言えよ俺すげぇ馬鹿みたいじゃないか。




俺が大好きな花子は俺の事が怖くて
でも花子も俺の事を好きでいてくれてて




おいおい、遠回りすぎやしねぇか?




でも、まぁ…




(しろちゃんには感謝、だな)




ぎゅっと壊れないように少しだけ抱きしめてる腕に力を込めてぼんやりとそう思った。
さっき壁を壊した勢いで部屋の隅に転がってしまったもうしゃべらないぬいぐるみ、『元・しろちゃん』をちらりと見て静かに笑う。




だってコイツがいなきゃ花子へ想いを伝えることもできなかったし
花子も俺にびびったまま話しかけてこれなかっただろうし…




…恋の仲介役がぬぐるみとか
ちょっと笑える、けど。



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