ラスト・コール


俺の最愛は学年が違うのであまり傍にいない。
勿論同じ家でもないので他の恋人同士よりも一緒に居る時間は酷く少ないと、思う。




「で?最期の挨拶って訳?」



『…うん、今までありがとう。』



いつもなら両耳にイヤホンを深々とさして雑音を遮っているけれど
今だけは左右の耳にそれは存在しない。
代わりに左耳にピッタリとくっつけているのはシンプルな携帯。
ブツブツととぎれとぎれに聞こえる声に小さくため息を付く。




「ったく、…こういう時は律儀なんだな花子は。」



『………』




少しばかりとげのある俺の言葉に電話先の彼女…花子は何も言わずに黙りこくってしまった。
現在絶賛花子と最期のお別れの挨拶中である。



何があったかは知らない。
ずっと最愛である俺に話も、相談もせずに溜めこんでここまで自身を追い詰めた花子の自己責任だ。
だから俺はこの電話では彼女を止めようとはしない。




ひゅうひゅうとノイズ混じりに背後の音が聞こえる。




『シュウさん…ごめんなさい。最期まで…わたし、』



「ああそうだな。花子ってほんっとめんどくさい。」



『………、』




あ、また黙った。
…悲しくなったら黙るクセどうにかしろよ馬鹿。
彼女にも聞こえるように大きくため息を付けば声にならないようなくぐもった音が聞こえる。
…泣き方だって相変わらずヘタクソ。




「何で俺に何も相談とかしない訳?それで自己完結して自殺前にお別れの言葉?うざ…勝手すぎるだろ。」



『そう、ですね…ごめ、』



「ほんと花子はうざいな」



先程から少しばかり早い歩調で進めていた足で目の前に現れた扉を思い切り蹴とばした。
瞬間間抜けな驚きの声と共に数秒後、耳元で派手な破壊音。
五月蠅すぎて思わず顔を顰める。




「シュウさん…どうしてここが、」



「風の音聞こえてた。…後他にも校庭の音とか?ていうか携帯落とすなよ耳痛い。」




突然の俺の登場に驚いたであろう花子の手から滑り落ちた携帯は彼女の足元で無残にもバラバラになっている。
そして目を見開いた彼女からは面白くなさすぎる疑問の言葉。



ああもう、さっきまで泣いていたから少し目も赤い。
小さくため息を付いて彼女の前へと足を進めその手を思い切り引っ張った。



「…っ、」



「回りくどいことするな、面倒だ。」



酷く怒られると思ったのか彼女の瞳は震えていて、怯えるように俺を見つめるので
小さく舌打ちをしてそのまま瞳と一緒に震える体を抱き締めた。




「すぐに死にたいならこんな事しないよな?」



「そ…な、こと…っ」



「花子、」




俺の言葉を否定しようと必死に喉から声を出そうとする彼女の名を呼ぶ。
優しく、包み込むように…宥めるように…そっと呼ぶ。



本当に今すぐに世界から別れを告げるのならば電話なんかしない。
遺書位なら書くだろうけれど、直前まで電話なんて…
世界に…俺にも絶望しているのだら、そんな絶望した相手と話したいと思わないだろう?




「花子……どうしてほしい?」




俺が来るまで冷たい風にさらされていたのだろう
すっかり冷え切った頬は正直体温がない俺より冷たいかもしれない。
僅かしか存在しない温度を彼女に分けるように片手で抱き込めながら空いた手で頬や頭をゆっくりと撫でる。




花子がどうして俺に電話をかけてきたのかなんて分かり切ってるけれど
俺は今何も相談せずにこういう結論をだした花子に怒っているんだ。
察してやることなんてしない。
この涙で濡れた唇で紡ぐこと以外許さない。




じっと彼女の瞳を見つめたまま言葉を待っていれば
それにもう一度涙が溜まり次から次へとボロボロと零れて落ちる。
くしゃりと歪んだ表情から出たのは別れの言葉ではなく本当に言いたかった彼女の本音。




「たす、けて」



「………ああ、勿論。」




ようやく出た彼女の本音に思わず口角が上がる。
ちゅっと唇で涙を掬い、そのまま体をふたり空へと投げ出した。
…今宵は満月。ヴァンパイアは空だって飛べる。




本当は彼女が絶望したこの世界を消し炭にしたいけれど
そんなの、すべて消し終えるまで酷く時間がかかって面倒だ。
だったらもう一つ彼女を救うことが出来る方法をとるだけである。






後日、世界から「花子」という存在は消えた。
代わりに魔界で同じ名の女が俺の腕の中で幸せそうに微笑んでいる。




「あーあ、花子…結局消えちまったな」



魔界の一室で意地悪な言葉を並べても腕の中の彼女はただ幸せそうに笑うだけ。
…大丈夫、ここには花子を虐めるものも傷付けるものもいない。
ここなら俺の目が届く範囲だから。



「シュウさん、」



「……ん?」



花子が生まれた世界で存在を消されたってのに幸せそうに笑って俺の名を呼ぶ彼女が愛しくてしかたなくて
声も自然と優しくなってしまう。
そんな俺の声色さえ嬉しかったのか彼女の笑顔はますます深いものへと変わる。




「私を消してくれてありがとう」




人間の世界から花子を消した俺に礼なんておかしな話。
けれど…まぁ、




「あんたが笑ってくれるなら人間一人消すくらい訳ないさ。…例えそれが花子自身でも、」




らしくなさすぎる程この最愛の為に尽くしてしまっていると苦笑して
幸せそうなその瞳に静かに唇を落とした。




正直、俺に何も相談しなかったと事は腹が立っていた。
けれどそれと同時に…



「花子、俺に助けを求めてくれてありがとう」



最後の最後、
一か八かのSOSを俺に送ってくれた事だけは酷く嬉しかったのだ。




完全に死を選んでいるはずではなかっただろうが
恐らく…あの時、俺が彼女の救命信号を見逃していれば彼女はそのまま…




だから、最後の…
全てを込めて賭けたコールを俺に向けてくれたことは
素直に嬉しいと、思う。



それは花子が俺をギリギリの所で頼ってくれたという事だから。




最愛に頼られ、求められる事が
こんなにも嬉しいものだとは思わなかった。



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