被害者=加害者


ええ、そうですね…



「お疲れさまです。」




控えめに言っても今日の私は可哀想な悲劇のヒロインである。




「ああああ帰る。一刻も早く帰るんだ私!!」



今日も今日とて偽りの笑顔と言えば聞こえが悪すぎる得意の営業スマイルで終業のご挨拶を交わし
会社を出るまでそれをぴったりとお疲れの顔面に張り付けて油断はしない。



一歩、会社の出入り口からポンと足を踏み出した瞬間、仕事用の少しばかり高い声も、先程のキラキラ笑顔も取り去って
この世の終わりのような顔色、少しばかり掠れた低い声でぶつぶつと帰宅を願う呪詛を吐きながら電車へと乗り込む。




忙しかった…本当に今日の仕事内容は忙しすぎた。
というかここ数日残業続きすぎだっての!!





帰宅ラッシュの中同じく満身創痍の社畜達にぎゅうぎゅうと体を圧し潰されながらも必死に我が家を目指すの理由はただ一つ。
いるのだ…この心身ともにボロボロな私を癒してくれる唯一の人物が自宅に…




恐らく私のベッドで呑気にすやすや気持ちよく睡眠を貪りながら私の帰りを待っている。




「………ぶっとばしたい。」



思わず自宅で優雅な一日を過ごしているであろう彼への暴言が口を通して言葉にしてしまえば
すぐそばにいた社畜がビクリと体を揺らしたので慌てて誤魔化す様に咳払い。
べ、別に貴方に言ったわけではないのです同じく社畜の同士様…




私がぶっ飛ばしたいのはすやすやと眠っている某無気力系ドSです。







「シュウ〜…」



「…………俺は帰宅の挨拶なわけ?」




満員電車に揺られて約一時間。
もう限界と言わんばかりにふらふらと自宅まで必死に足を進めてようやくたどり着いた。
もう力の入らない手で鍵を開け、がちゃりと弱弱しく扉を開けて癒しの人物の名を呼ぶ。


…なのに返ってきたのはそっけない返事。
いやもう私はただいまとか言う気力さえ残ってないのよシュウ。




「う、」



「……割と本気でお疲れ?」




ホントならすぐにでもベッドから顔だけひょっこり覗かせてるシュウに飛びついて癒しを補給したかったけれど
予想外に疲労困憊の体は重くて玄関でべしゃりと力尽きて倒れてしまう。
すると数秒後、先程までぬくぬくとベッドを堪能していたはずの彼の声が上から降ってきた。




「花子……」



「シュウ…だっこ。」




ようやく聞けた大好きな声での私の名前。
それが嬉しくて少し調子に乗って甘えたことを言ってみれば意外にも私の体はすぐさまふわりと宙に浮いた。




「シュウが優しい…明日世界は終わるんだ。」



「…………このまま落とそうか?」



「ごめんなさいシュウはいつだってすっごく優しい紳士だしホントいつも感謝してます大好き愛してる。」




彼の珍しい甘い行動に照れくさくなってちょっと素直じゃない言葉を並べれば
暫くの沈黙の後少しだけ低い声で唸られてしまったので慌ててその首に手を回し、必死にヨイショのオンパレードを捧げる。



万が一手を離されても大丈夫ないように力の入らない腕なりに必死に回した手に力を籠めた。



「ん、お疲れ。」



「シュウ……、」



「おいなんでいきなり盛ってるんだこのド淫乱疲れてるんじゃないのか。」



そっとそのまま先ほどまで自分が眠っていた私のベッドに降ろしてくれて
そのまま優しいキスが瞼と額、唇に降ってきたので先程まで満身創痍だった精神は一気に満たされて、そのまま元気というか彼への愛おしさが溢れかえってしまった。




なので体は疲れているけれどそんな事言ってられないと、シュウの体を思い切り引っ張ってベッドへと引きずり込みいつものように彼の腹の上にのしっと乗っかれば真顔で少し早めの口調のままお咎めの言葉。




「シュウが優しいのでムラムラ致しました。言葉通り今夜、いたしましょう。」



「………ちょっとは恥じらえよこの淫乱ド変態痴女。」



「いくら何でも自分の彼女に言いすぎじゃない!?酷いよ!!!」




最愛のあんまりな言葉に上に乗っかったままぎゃんぎゃんと喚けば吐かれてしまうとんでもなく長い溜息。
その反応にビキリと青筋を立ててムカツク唇を深く深く塞いでやった。




「……ん、ったく。花子は盛りのついた猫かよ。」



「今日まで会社でストレスめっちゃ溜めてきたからね、そんな可愛いもんじゃないと思うけど?」



「………あーあ、俺。花子のストレスの捌け口にされちゃう。」




嫌らしい水音が暫く続いて、ゆっくりと互いの唇の距離を取れば
ツ、と銀色の糸が互いを繋げていて少し厭らしい。



そして互いにかわいくない台詞を並べながらも二人して相手の衣服をゆっくりと脱がしにかかる。
ストレスの捌け口にされちゃうとか言われても、そんなギラついた瞳じゃ被害者ぶれないんだからね?




「花子……明日は?」



「ん、…よーやく休み。」



「なら手加減は、いらないな。」




ちょっと数時間後の自身がどうなってるのか不安になるような微笑みと低い声での本気宣言に思わずぶるりと体が揺れる。
嗚呼、どうしよう…今日は彼に癒されるのを通り越して体、本当に動かなくされちゃいそう。



「捌け口になるのはどっちなんだか…」



「そんな期待の眼で言っても被害者ぶれないぞ?」



先程私が考えていた事と全く同じこと言っちゃうシュウを小さく笑って
もう一度彼の唇に噛みついた。




今夜は互いが被害者で互いが加害者のまま激しい夜を過ごしそうだ。




そっと重ねて絡んだ手と指が、
シーツの上でビクリと跳ねて震えた。



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