見つける目


本音

建前

本音



建前、たてまえ、タテマエ…




この世界を生きるなら必ず必要なモノ。
分かり切ってはいたけれど…




いつの日かソレに晒され過ぎた私の心は誰も素直に信じる事が出来なくなってしまった。






「花子、こっち来い。」



「………、」



大きな手がちょいちょいと可愛らしく手招きするので
何も拒むことなく無言でその腕の中へと潜り込む。
すると満足したのか彼はご機嫌に鼻歌混じりでそのままぎゅっと片腕で私の体を抱き締めた。
空いた方の手は私の少し小さな手をとって指をゆったりと絡めてきてくれる。




「あー…久々じゃねぇ?こうして二人きりとかよ。」



「うん、そう…だね」



「あ?どうした花子…なんかうかねぇ顔だなオイ。」




ご機嫌な声色に曖昧な返事を返してしまえば
先程までご機嫌だった彼はすぐに心配そうな顔をしてずいっと私を覗き込んでくれる。
…けれどそれは果たして本心から?



「あの、ユーマ君……えっと、」



「…………花子?」



曖昧な態度と曖昧な言葉に違和感を感じたのか
心配そうな顔が今度は酷く真剣な、切羽詰まった表情になった。
そして先ほどまで優しく絡められていた手にグっと力が込められて思わず顔を歪めてしまう。




「あ、ワリィ…でもよ…、花子…何か変じゃね?」



「………、」




私の表情を伺って慌てて強められた手の力を緩めてくれたけれど決して離そうとしない彼に胸の内から罪悪感が溢れて零れる。



こんなにも…こんなにも私と一緒に居れることを喜んでくれて、
私の様子がおかしかったら心配してくれて真剣になってくれているのに…私は…私はどうして、




「ゆーま、く…ごめんなさい…」



「…………あ?」




ポロポロと涙を零しながら何度も謝罪すれば彼の真剣な表情が更に険しくなる。
そしていつもなら涙を流せば苦笑しながらもその指で不器用にも拭ってくれるのに今回はそんな余裕もないといった感じで
ずいっとその真剣な顔を私へと近付けて涙の訳を問いただす。




「花子、おい花子どうした。ホント変だぞ何があった。何謝ってんだオイ。」




「ユーマ君…ゆーま、く…う、」




「だから…言わねぇとわかんねぇだろうが」




もう彼の名前しか呼べずにひたすら子供のように涙を零す。
そんな私を見た彼は小さく舌打ちをしながらも私が落ち着くまでぐっとその広い胸板へ私の顔を押し付けて気が済むまで泣くようにと促してくれる。
ああほら…彼はこんなにも優しい…優しいじゃないか…なのに…




なのにどうして私は彼を信じることが出来ないのだろう。




いつの日からじゃない。
積み重なったこの世界で生きるための術の代償。




「すきだよ」、「だいすき」、「ずっともだち」




心地よいその言葉の裏側はいつだって酷く醜くて残酷だ。
すきだよの前にはいつだって何かしら理由がある。
大好きの裏側には常に打算がある。
ずっとともだちの中の表情は酷く歪んでる。




世の中を渡り歩くために必要なタテマエ、社交辞令。
必要だしなくてはならない。
私だって使ってる。
けれど…けれどそんな薄っぺらな言葉たちに心が晒され、削られ過ぎて
気が付けばその建前の中から本物を見つける目を失っていた。




「ユーマ君…ユーマ君…」



「花子…、」




彼の胸に顔を押し付けてひたすらに嘆けばもう何も聞かずに必死に頭を撫でてくれる彼の大きな手。
そんな優しさにふわりと心が暖かくなるはずなのに隅ではこんな彼の優しささえ疑ってしまう。




もしかしたらこの優しさも…




彼が…ユーマ君がそんなひとじゃないのはよくわかってるはずなのに
…なのに素直に喜ぶことが出来ない程私の心はボロボロに歪んでしまっていて
こんなにも愛して心配してくれている彼を疑ってしまう自身にも嫌気がさし、疑心暗鬼と自己嫌悪の狭間で涙が止まらない。
嗚呼、こんなに苦しいなら言ってしまおうか…




未だに涙はこぼれるまま意を消して少し、大げさに息を吸った。




「ユーマ君…ユーマ君のこのやさしさは…ホンモノ?」



「…………、」




震える声での問いに数秒の沈黙が走る。
恐る恐る彼の顔を見上げればとても真剣で、バチリと視線が交差した瞬間
私の唇は深く深く塞がれてしまった。




「ぅ、…ゆー…んぅ」



「………ばーか、ん…」




一瞬離された唇で紡がれたのは小さなお咎めの言葉。
その真意を問おうと口を開けばまたぬるりと冷たくて厚いその舌が入り込んできてしまって息もままならない。



「ぁ…ん…、」



「ん…俺はそんな…んん…っ器用じゃねぇよ、」



何度か離される度に途切れ途切れに紡がれる言葉に
ようやくじわりじわりと本当の意味で心が温かくなる。



嗚呼、私が欲しかったのは確証だったのか。




信じてる。
彼を信じてる。



けれどボロボロな心のままで自身の内で結論付けるには少し弱かったようで…




私はきっと本人からこうして明確な言葉が…宣言が欲しかったのだ。




「俺は…んぅ、花子…はっ…愛してねぇ奴にこんなことしねぇ」



「ゆ、んんぅ…ん、」



「ん…どこまでも不器用なの…んっ…知ってんだろ。」





いい加減深いキスで酸欠を起こしそうになってしまい
ぎゅっと彼の袖を強く握ればようやく解放されてぜぇぜぇと足りなかった酸素を補給していれば
彼はそんな私を見て笑う。
とても穏やかに笑うのだ。




「だいすきだ馬鹿花子。俺はタテマエとか知らねぇ。ま、これも信じる信じねぇは花子次第だけどな。」



「………、」




「テメェに向ける好意は全部ホンモノだから。」




最後にちゅっとかわいらしいキスが頬をくすぐる。
ゆっくりと離されれば涙の後は彼の唇によって掬われて消えていた。




「………ん、」




ボロボロにかけていた心が埋まる気がした。
欲しかった言葉。
それらすべてを受け取って噛み締める。



先程まで疑っていたのが本当に嘘みたい。




「それにしても花子ってめんどくせぇ。そんなに証明が欲しかったのかよ。」



「だって………、みんなタテマエばっかりだもの。」



「ったく、不安症。」




彼の言葉に思わず俯いてしまう。
だって仕方ない。
こんなタテマエ社会に生れ落ちてしまえば誰だって人を思い切り信じるなんて難しい。




けれどそんな私に彼は小さく笑ったのでもう一度顔を上げれば
とんでもなく意地悪な顔でにやにやとコチラを見下ろしていた。



「でもよ、根本では俺の事信じてたじゃねぇか。」



「え、」



「でなけりゃ聞いてこねぇだろ、“お前のやさしさはホンモノか”なんてよ」



「……っ!」



彼の言葉に自身の顔に熱が集中してしまう。
そうか…そうだよね。
本当に信じていなければこんな事…聞けない。



「あ、う…」



「信用して不安言ってくれて嬉しかったぜ花子チャーン?んー?」



「う、う、う、」




ニヤニヤと意地悪な笑みはますます深くなって
私の顔の熱もどんどんとめどなく上昇してしまう。




ああ、なんだ私…



「全部信用できねーような顔しやがって。だいすきな俺はちゃーんと信頼してたじゃねぇか。」



その言葉にひとつ、涙を零して笑った。




そうか、私。
私の心はまだ、歪み切ってはいなかったんだね。



その事実に酷く安堵して自らぎゅっと彼の首に手を回して抱き着いた。



「ユーマ君、私の事…だいすき?」



「………ちょーし乗ってんじゃねぇぞ雌豚。……あいしてんよ。」



再度確認と言わんばかりに問うてみたら
軽いデコピンを食らってしまったけれどその後にくれた愛の言葉。



ああ、ほら…




今度はこんなにも素直に受け取れる。




「ありがとう。わたしもあいしてる!」




ほらもう、曇っていた本物を見つける目…




今ではこんなにも鮮明だ。



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