クレイジーサイコ保健医


うう…最悪…最悪だ!!!
バタバタと大きな音を立てて廊下を走り抜ける。
もう今は廊下を走っちゃいけませんだなんてそんなキレイ事を言ってるだけの心の余裕なんてないんだからね!!
向かう先は私の唯一の心のオアシスである彼の元。


「うわあああん!ラインハルトせんせぇぇ!!!」



「おや、どうしたんだい?花子君そんな大きな声…っと泣いているじゃないか。」



バーン!と大きな音を立てて突入したのは保健室。
そしてそのまま私のオアシスの腰に抱き付けば全然よろける事無く私の顔色を心配してくれる彼は本当に教師の鏡ってやつだ。


片手には沢山難しい文字が書かれてる書類、もう片方は彼オリジナルであろうブレンドティー
そんな両手が塞がってる状態でも私をどかそうとせず、落ち着くのを待ってくれる…うう、この学校の良心だ。



「また…また逆巻にいじめられたぁぁ!!!」



「………………そ、そうなのかい?」



毎度の私の言葉にいつもラインハルト先生は一瞬ビシリと体を揺らしちゃう。
どうしてそうなっちゃうのかは分かんないけど、でもこうしてお茶を机に置いてくれてそのまま頭を優しく撫でてくれるから
私はいつだって憎き逆巻達にいじめられた後はこうして保健室へと猛ダッシュで駆け込むのが習慣と化してしまったのだ。



「そ、それで今日はアヤ…、ええと逆巻君の誰にいじめられたのかな?」



「きいて下さいよせんせえええええ!!!」




言葉の途中で咳払いをされたので何を言ったかは分からなかったけど
小さな椅子に腰かけるように促されて、彼も向かいの椅子に座り、愚痴を聞いてくれる体勢に入ったので私は迷わずすとんとそこに座り大きく息を吸った。



リーンゴーンと授業開始の合図が鳴ったけれど先生は私に帰れって言わない。
他の事だったらすぐに「授業に戻りなさい」って追い出されちゃんだけど逆巻の事だけはこうしてちゃんと最後まで聞いてくれるんだよね。
…へんなの。



「あのね、アヤトが相変わらずチチねぇな馬鹿花子って…廊下のど真ん中でおっぱい揉んできてね?カナトがお菓子作れって家庭科室に引き摺り込んできて作ったらこれじゃないってヒステリー起こしてね?ぐす…っ」



「う、うん…」



「ライトが………い、言えない…あんな事…言えないよ先生…私、どうしようううう」



「あの子は…っ!また停学になりたいのか…っ!今度はシュウ同様北極へ…」



「せんせー?」



「あ!い、いや何でもないよ?ホラ…続けて?」




私の数々の愚痴にラインハルト先生の空気が一瞬ざわっと変わった気がして
愚痴を止めて彼をじっと見つめるとはっとしたような先生がパタパタと両手を振ってまた愚痴を吐き出すように笑ってくれたけど…
なんかさっき、先生の目…金色になった気が。


けれど今はそんな事を気にしてる余裕もない。
だってホントに…ホントに私はあの六人の所為でいつだって毎日エブリデー死にたいんだから!!



「レイジは私のジュースに得体のしれない薬ぼちゃぼちゃ入れちゃうし…おかげでこのありさまですよ。」



「………それ、飾りじゃなかったんだね。」



ちょいちょいと先程からある頭上の違和感の塊を触る。
そしてラインハルト先生もちょいちょいと触ってながーい溜息。



「ラインハルト先生…このばにーちゃん耳取れませんか?なんかイメクラみたいで死にたい。」



「ええと取れると言えば取れるけどその場合あのええと…」



レイジがどばどば混ぜっちゃった薬の所為で私の頭から直接もふもふのうさ耳的なアレが生えてしまっている。
此処に来るまでにもう何人に噴き出されたか。
ホントレイジ許さない。



「後スバル…なんなのアイツ後輩のクセにえらっそうに!!!二桁の足し算も難しそうな顔するクセに!!!」



「…………ドリル。ドリルを送らなければ。」



「最後はシュウですよ!!!100歩譲って私を抱き枕にするのはいい!!けどそのまま寝返りうって私を潰すって何事!?起きたら俺の下でカエルが潰れてるって…あの天パ!!!」



「ええと、ご、ごめんね花子君…」





もう我慢できずにダンっ!と机を叩き、吠えればどうしてだかラインハルト先生が謝ってしまう。
どうして先生が謝るのかな…先生は悪くない!!!



「悪いのは元をたどせばアイツですよ!!あの悪魔六人を野放しにしちゃってる逆巻透吾ですよなんだアイツ大物政治家だからって調子乗ってんじゃないの!?」



「う、うぅ…」



「なんか偉そうな事言ってるけど息子真人間に出来ないとかもう…ねぇ!?ラインハルト先生もそう思うでしょう!?」



「………はぁ、」




諸悪の根源である奴らの父親の悪口を盛大に喚けばどうしてだかどんどん小さく体を丸めちゃう先生。
でもそんなのお構いなしに言葉を並べていけば小さなため息の後、彼がひらりと人差し指を回した。




ぽんっ




「あれ?」



「………どうも逆巻透吾です。いつも息子たちが花子君…いや、花子に迷惑かけてごめんね?」



可愛らしい音と共に頭上の違和感が消えたので手を持っていってみると
やっぱり先程まで存在していた兎の耳は消えていて、チラリと目の前に視線を戻すと先程まで先生がいた場所には見た事もない銀髪の男の人が座っていた。



え、ていうかさっき逆巻透吾って…でも目の前の人物はテレビで見た逆巻透吾じゃない。
いきなりの事が沢山起こり過ぎて固まっていれば目の前の自称逆巻透吾は困ったように微笑んでちゅっと突然私の手を取って唇を落としてしまう。




え、あの、その…こんな綺麗な男の人に手とは言えキスされるとか…初体験!!!




「いやぁ…今まで黙って聞いていたけれど私の息子たち酷いね。特にライトとレイジ…後でたっぷりお仕置きをしよう。」



「え、でも…え、貴方逆巻透吾じゃない…」



「いいや、逆巻透吾だよ?ああ、後ラインハルトせんせーも私だ。」




混乱しかない頭でようやく言葉を紡いでもそれは全て目の前の男の人に笑われる。
ちょっとまって彼の言ってる意味が分からない。



もう今この状況が何なのか全然理解できずに何も言えずにいると目の前の逆巻透吾とラインハルト先生?二役の人がとんでもない爆弾を投下してしまう。




「この姿では初めまして、花子。私はカールハインツ。君の大嫌いな逆巻六兄弟の父親で吸血鬼界の王様さ。」



「え?…うええええええええ!?」



その爆弾発言に生まれてから一番じゃないかって位大きな声をあげて顔面蒼白だ。
今は彼の吸血鬼界の王様とかそんな変な発言どうでもいい!
それより問題なのは…




私は目の前でご本人と息子さん達をめちゃめちゃディスっていたという事実である。



「ご、ごめんなさい先生…!え、ちが…逆巻さん!?え、それも違う!?ええ!?」



「ふふ、好きに呼んでくれていいけれど…そうだなぁ、やっぱりカールハインツがいいかな?」



「ごめんなさい!カールハインツさん!!!」



勢いよく椅子から降りてそのまま土下座をしたけれど
頭上の声は酷く穏やかだったので恐る恐る顔を上げてみた。
すると予想外に近すぎる場所にいたその綺麗なお顔に思わずぼふんと顔を赤くしてしまった。




「花子の言っている事は全て事実だからね、謝る事はない。」



「でも…!でもですね!!!」



「というか息子達の非礼を詫びないとね。」



「え?」



ひょいっと立たされてニッコリとした笑顔で有無を言わせないその言葉に
只々真意を聞き返すことしかできない。
そして先程落とされたのは爆弾だとしたら今度は私の頭にギロチンが落とされたんじゃないかってレベルのとんでも発言。




「もうこれ以上息子達が花子に酷い事を言わないようにお嫁にもらおうと思うんだけど、どうかな?」



「どうかな?じゃないですよなんなんですかいきなりふざけるにもスケールデカ過ぎて意味わかりませんよ。」



「だってずっと私の元へ縋り付いてくる花子を見てると離したくなくなってしまったんだもの。いいじゃないか減るものではなし。」



「減るよ!いろんなもの減るよ!!!カールハインツさんも頭パァなの!?」



私のツッコミにぶすっとふくれっ面になってしまった彼はとてもかわいいけれどそれどころじゃない。
だって私今貞操の危機と言うかなんかもう命の危機さえ感じてる。



「そもそも吸血鬼とか王様とかそんなおかしい事言う人信用できません!!!」



「おや、そこからか…うーん、困った。」



取りあえず身の安全を確保したくて一番疑問に思った言葉を叫ぶと
心底困ったように「うーん」と何か悩み始めたカールハインツさんは数秒後、何を考えたのかひょいっと私を抱え上げてスタスタと歩き出す。
やばい、これは…マジヤバい気しかしない!!!



「ちょ、どこ!!どこ連れていく気ですか離して!!!」



「どこって、やっぱり実際に見せた方が早いかなって思うから魔界かな。」



「またそんな厨二爆発な事言って!!いい加減にしてくださいよクレイジーサイコ野郎!!!」



「ううん、だから本当なんだって。信じておくれよ花子。」



じたじたと彼の腕の中で大暴れしても全く離してくれない。
しかもサイコ発言に拍車かかってるし!何だ魔界って!!!流石逆巻達の父親だな!!話全く噛みあわない!!
ぎゃんぎゃんと喚き散らしていれば不意に立ち止まる彼。目の前には外に繋がる窓。
あれ?扉から出るんじゃないの?



彼の行動がよく分からなくて目をパチパチと数回瞬きしてみると
私を抱いているこのクレイジーサイコお父さんはいたずらっ子の様に微笑むから一瞬可愛いって思ってしまった。




「ではまず私が人外だって言う事を教えようね。ほら、いくよ?」



「え、ちょ、なに…って、うわぁぁぁぁ!!!?」



また意味不明な言葉を紡がれたがそれに返す前にふわりと浮いた感覚にもはや断末魔しか叫ぶことが出来なかった。
あ、もしかしなくても私…とんでもないひとに毎日相談してたのではないだろうか?




逆巻六兄弟にいじめられる毎日、唯一の癒しだって思ってた先生が実は諸悪の根源で
学校の良心だっておもってたそのひとはクレイジーサイコおじさんで…
大好きな保健室は実は吸血鬼王のお部屋で…




でも私を抱いてるその嬉しそうな顔はすごく可愛いからちょっと許しちゃいそうになっていて…




「いやいやいや!何が許すだよ私!!許さん!!!許さんからな!!!カールハインツさん!!!」




ぶんぶんと顔を赤くしながら何度も首を横に振って喚くけれど
彼はクスクスと小さく笑うだけ。
だってもう逃げ場はない。




今は満月、漆黒の夜空に体を浮かせてる自称吸血鬼王の腕の中。




今はまだ、私はこのクレイジーサイコ保険医に夢中になりそうだなんて
死んでも認めたくはないお年頃、花子ちゃんである。



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