傷だらけ


別に今まで抱かれた事は沢山ある。
だってもうそんな私だって恋に恋する子供じゃない。




只…




只、「愛されて」抱かれた事と言うのはないんだと…思う。




「なぁんだ。花子っててっきり処女だと思ったんだけど。」



「あれ、シュウって処女厨だっけ?嫌なら別れる?」



色気も何もあったもんじゃないそんな会話。
隣同士で並んで本当に世間話のように話すけれど、こんな日常会話の様にして良いものではないのは私もシュウも分かってる。



「嗚呼、でも愛されては…いなかったかな。」



「………ふーん。」



さりげない結構重いカミングアウトもさほど興味無いように流されて小さく溜息。
愛された事がない。それは事実。


どいつもこいつも只自身の欲望を突っ込むだけの穴が欲しかっただけ。
別に私じゃなくても良かった。
それでもそんな彼等に縋っていたのは少しでも自分が“愛されてる”と錯覚でもいい、感じたかったから。



「シュウはこんな穢れた体はいらない?」



「…………んー、」



曖昧な返事と共にそっと手を絡められてゆっくりと背中を庇いながらソファへとそのまま押し倒された。
…正直、こんなに優しくリードされたのは初めてだ。



「シュウ、スるの?」



「ん、」



「……中古だけど、大丈夫?」



自分で言ってて少し悲しい。
けれどそれは事実だ。
只の偽りの“愛情”を繋ぎとめるだける為に体を穢し続けた私の末路。
本当に愛している目の前の彼に酷く負い目を感じてしまう。



けれどシュウはそんな私の事なんてお構いなしに可愛らしいキスを頬や額、瞼…勿論唇に沢山降らせて来る。
そして不意に離れて少しばかり悲しそうな、顔。



「花子…俺も…俺も誰かを愛したこと、ない。」



「え、」



「愛とかそう言うの…いらないって思ってたから。」




ぎゅっと絡めた指先に力を入れられて少しだけ痛い。
けれどシュウの目が酷く悲しくて指より胸が痛い。
彼は小さく息を吐いて、何かを決意したかのように震える声で私に懺悔の言葉を紡ぐ。




「だから…花子の事、最初からうまく愛せる自信がない。」



「しゅ、」



「これから、頑張るけど…もしかしたら傷、つけるかも…ココ。」




ツ、となぞられた左の胸元。
その指先さえ震えていて彼が本当に私をきちんと愛せるか不安がっているのが分かる。
嗚呼、そうか…シュウも愛を知らないのか。
けど…うん、けど…



「シュウ」



「花子…?」




そっと彼の首に腕を回して体ごと抱き寄せる。
愛された事のない私と愛したことのないシュウと、
きっと最初から正しい愛し合い方なんてできやしない。



だって私達はその術を知らないのだから。




「大丈夫だよシュウ。私…傷付くの、慣れてる。」



「………ん。出来るだけ、間違えないようには…するから。」



愛は知らないけれど、愛される事も知らないけれど
でもその分…傷付くのには酷く慣れてしまっているから多少は平気。
特に私を愛そうと努力してくれるが故の傷なら寧ろ大歓迎だ。



そっと唇を塞がれてそれが次第に深く深く変わっていく。
とうに慣れていたはずのこの行為さえ互いに恐る恐るなのは
本当に互いに愛し合いたいから。




「花子…」



「シュウ…」




互いに名前を呼びあってぎゅっときつくきつく抱き締めあう。
体はとうの昔に穢れきっているのにどうしてだが酷く初々しい。
…けれど、うん。そうだね。
キチンと愛しあうのは私達、初めてだね。



「ねぇシュウ…私も。私もきっとシュウの事傷つけるよ?愛が、私も…」



「ああ…俺も慣れてる。…それに花子になら傷付けられるのも大歓迎。」



彼の言葉に思わず小さく笑ってしまえば「なんだよ」って怒られてしまったけれど仕方がない。
だってシュウ…私が思ってる事と全く同じ事言っちゃうんだもの。



「シュウ…シュウ…これから一緒に傷付こうね?」



「ああ…傷だらけになろう。…一緒に。」



互いに微笑み合ってまず手始めにと抱き合う。
だって仕方がない。
私達の愛情表現と言えばこれくらいしか今、手持ちがないのだ。



シュウの体温と私の体温が混ざり合って心地いけれど少し怖い。
言葉で、体で相手を傷付けないかと不安で仕方がない。
けれどそれ以上に今、目の前の相手が愛おしいんだ。



「…っ!花子…っ悪い…っ」



「…っ、へい、き…大丈夫。」




高揚したシュウが私の肌に本能的に牙を突き立てて思わず体を揺らせば我に返った彼から聞こえる悲痛な声。
体が痛いのは私だけれどきっと心はシュウの方がもっと痛い。
安心させるように頭を撫でてやればほっとしたように表情を緩ませるシュウに私も顔がゆるむ。



「早速傷付けちまった…」



「私も…」



シュウは自身の噛み後、私は彼の胸元をなぞって互いに苦笑。
嗚呼、こうして私達…互いに傷つけあいながら愛しあい方を見つけていくんだ。



「ねぇシュウ…愛を知らない私がこんな事言うのどうかと思うけど…愛してる。」



「………先に言うな馬鹿。…俺も愛してる。」



互いに伝える言葉。
それは酷く曖昧すぎてこれが正しいのかは分からない。
けれど…けれど今の私達の気持ちを表現するにはこの言葉しか見当たらない。




いつか数年先…この私達の【愛してる】が本当に正しいものなのかどうか
答えあわせが出来る日が来るのなら




その時は一緒に互いに寄り添って微笑み合いながら
あの時はどうだった、ああだったと…
しあわせに微笑み合いながら出来ればいいな




なんて、
まだそれが正しいのか…




愛を知らない、知ろうとしなかった私達には
本当に未知なものばかりだけれど。



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