しあわせな顔


俺は花子が好き。
だいすき。
だからそんな大好きな彼女にずっと必要とされたいと願ってた。



「はい、花子…今日も…ね?」



「………うん、」



そっと小さな掌にナイフを置いてあげる。
すると同じく小さな声で言葉を紡いでくれる花子が本当に大好き。
すっと静かに微笑んでいつものを待っていればチリリと胸に痛み。



「ん、もっと…もっとして…いい、よ?そうしたら…花子は楽しいよね?ホラ、」



「………」



ひゅっと無機質なものが空気を切ってまた僅かな痛み。
そう、いつだって俺の存在価値はこれだと思ってる。



花子が好き、大好き。愛してる。
だからそんな彼女に見放されたくなくていつだってこうして彼女に俺を傷付けさせてる。
好きな所をたくさん傷付けさせる。
だって皆俺を痛めつけたら楽しいんでしょう?嬉しいんでしょう?



…俺はいつだって花子に笑っていて欲しいから。




「花子…花子…たのしい?」



「う……アズ、サく…」



「……………花子?」



きっと喜んでくれてる。
きっと楽しんでくれてる。
だからそんな嬉しそうな花子を見るのが俺も嬉しい。
何よりもその感情の元となっているのが「俺」と言う事が酷く幸せで仕方がない。




そう、思ってた。
思ってたのに…





初めて俺を切り刻んでいる花子を顔を見てみたら酷く痛そうにしていた。





「花子…どう、したの?痛いの?…苦しいの?だったら、もっと…ホラ、」



「う…うぇ…あず…」



ズグリ、
ナイフを持っている彼女の手を取って先程よりもっと深く自身の体にそれを突き立てる。
今までより比べ物にならない位痛いけど…これで…
これで花子もきっと笑って…





ぽたり




「………どうして」



「ひ…っ、ふぇ…うぅ…」




さっきより俺の事深く傷つけているから楽しいはずなのに
どうしてだか零れ落ちた彼女の涙。
どうしよう…花子はここまで俺の事が嫌いだったの?



「花子…花子…ごめ、なさ…きらわないで…花子」



「あず、アズサ君の馬鹿ぁぁぁ!!」



彼女が俺の嫌っていると自覚してしまって俺の目からも悲しくて涙が零れた。
けれどそんな俺を見ていた彼女がよく分からないけれどぎゅぎゅうと骨が軋むんじゃないかって位抱き付いてくるから俺はどうしたらいいのか分からない。



「ばか…馬鹿…私がどれだけアズサ君の事大好きか分かんないの?」



「でも…花子…俺を傷付けてるのに…泣いたから…」



「私はアズサ君を傷付けても何も楽しくないもん!」



花子の言葉に困惑を隠せない。
俺の事が大好きなのに俺を傷付けても楽しくない…どう言う事?
俺にそれ以外の価値なんてないのに…じゃぁどうして花子は俺の事が好きって言ってくれてるのだろう?



彼女の言葉の意味が分からずにずっと固まっていればそっと手を取られて花子の頭へと乗せられる。
反射的に二三度そのまま手を動かして撫でてみるとさっきみたいな酷く痛そうな顔じゃなくてとても嬉しそうな…




自惚れじゃなければ酷くしあわせそうな表情へと変わってくれる。




「花子…もしかして…こっちのほうが…すき?」



「うん、こっちの方が…っていうかこっちがいい。」




ゆっくり…そっと何度も手を往復させる度にその表情はふにゃふにゃと緩んでいく。
嗚呼、そう…この顔。
俺が見たかった花子の顔はこれ。



「花子…もっと…もっとその顔…みたい。…他は何をすれば見れる…?俺に教えて?」



「私が今してるみたいにぎゅってして?後キスとか…えへへ」



「花子は…変わってる…ね…ふふ、」



「変わってないよ!普通だもん!!」




彼女の言う通り、沢山その小さな体をぎゅうと抱き締めて
そっと色んな所に唇を落とせばその頬は桜色に変わり、小さかったはずの声は少しばかり弾んでちょっと大きい。
へんなの…俺にこうされてこんなに喜ぶなんて、花子って俺以上に変わり者なのかなぁ。




「えへへ、アズサ君…アズサ君だいすきっ!」



「うん…花子に…嫌われなくて…よかっ、た…」



眩しいくらいの笑顔でそう言われて俺もふにゃりと力なく笑う。
けれど発した言葉が気に入らなかったのか、少しばかり頬を膨らませて「アズサ君を嫌いになったことなんてないよ!」って怒られてしまった。
…怒られたのに不思議。すごく、嬉しい。



俺の事嫌いになったことがない…だなんて。



「花子…花子…今度からはナイフ…使わない…いつだって…こうするから…笑ってて…ね?」



「うん、アズサ君を傷付けてる時…ずっと痛かったんだよ?」



拗ねたように言葉を紡いで今度は彼女の左胸へと手を持っていかれる。
とくんとくんと脈打つ感覚が心地いい。
花子は人間だからここが痛くなってしまうと大変。
きっと生きていれなくなってしまう。



「どうしてここ…痛かったの?…傷を付けられていたのは…俺、だよね?」



彼女がそんなにいたがっていた事を初めて知らされて
自身の胸がぐっと苦しくなった。
そしてそんな気持ちを表情に表していれば花子は酷く穏やかに笑っていったんだ。




「きっと今のアズサ君と同じ気持ちだったからじゃないかなぁ?」




彼女の言葉に俺の体温はない筈なのに酷く急上昇してしまう感覚になる。
それって…つまり…そういう…事?




「花子…俺の…事、だいすき、なの?」



「だからさっきからずーっとそう言ってる!」



顔が赤い、熱い、溶けそう。
どうしよう…誰かにこんなにも好きになってもらえたの…もしかしなくても初めて。




ぐっと自分の胸が痛んだ理由。
それは好きで好きで仕方がない花子が傷付いていたと知ったから。




大好きな人が傷付いていたから胸が痛んだ。




だから花子の左胸が痛かったと言う事は体を傷付けていた俺がそれだけ大好きだって言う事で…





「どうしよう…俺、しあわせ…かも」



「酷い!これだけアズサ君の事だいすきなのに“かも”だなんて!」



「あ、ご…ごめんね?ええと、」




俺の腕の中で心外だと喚き始めてしまった花子を宥める為にもう一度何度の頭を撫でてそっと唇にキスをすると
ぽかーんとした顔で大人しくなってしまったので思わず吹き出した。
そうだね…これだけ想われているのに「かも」だなんて俺も相当酷い。




「花子、俺…しあわせ。」




自分が今、どんな表情をしているかは鏡がないからよく分からなかったけれど
彼女の瞳に微かに映った俺は…



誰よりも、なによりも幸せそうな表情だった気がする。



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