性悪彼氏と性悪彼女


実はずっと帰りを楽しみにしていた。
だからホントは真っ先にお帰りなさって、言いたかったの…




「はーいたっだいま〜!!久々の学校だよエム猫ちゃん達っ」



数日ぶりにやってきた明るい声と可愛い笑顔。
それに瞬時に沢山集まっていってしまう私より数段可愛い女事たち。



長期ロケから帰ってきた彼に彼女たちが次々にする言葉、「おかえりなさい」、「待ってたよ」、「寂しかったよ」
それは私も輪の中心にいる彼に伝えたかったけれど、いざ目の前にするとそんな勇気は微塵も出ずにただ静かに彼に使えるはずだった言葉をぐっと飲みこんだ。




彼は…コウ君は大人気のアイドルだし
それにとても格好良くて素敵…素の性格はアレだけど世渡り上手だしこうやって沢山の人を惹き付ける。
とても素敵な事な筈なのにどうしてだか私の胸の内は少しばかりもやががってて気分が悪い。




…こんな独占欲、いらないんだけどなぁ。




コウ君と秘密の恋を初めて数か月…いつだってこんな気持ちを抱いては溜息に変える。
コウ君が魅力的だからこうしてみんな彼を囲んでいてそれは彼女として誇らしいはずなのにどこかで「彼は私のものなのに」叫びたくて苦しい。
子供みたいな独占欲。彼を囲んでる女の子達より可愛くもなければ綺麗でもないから未だにコウ君の彼女としての余裕がなくて一人で伝えたい言葉も今みたいに沢山飲み込んでいる。




「…………、」



なんだかそんな自分が惨めになってしまい、その場に居ることが辛くて
女の子達に埋もれて素敵な笑顔を振りまいているコウ君に気づかれないようにそっと教室を出た。
……どうしよう、悪い事しちゃったかも。




「うう、彼女失格…」



扉一枚挟んで静かにその場にしゃがみ込む。
大好きな彼に伝えたい言葉も伝えれないことだって
彼女として自信を持てない事だって
……周りの女の子達にイラつくことだって
全部コウ君の彼女失格だ。



自分の不甲斐なさと醜い感情ににグスリと鼻を鳴らせばガラリと背中を預けていた扉が開いて
無様にもそのままコロンと後ろへと転がってしまった。




「?」



「えっへへ〜…花子ちゃん」




自分に何が起こったのか把握できずに転がったまま固まってれば目の前に広がった悪戯っ子のように微笑む最愛の顔。
ううん、相変わらず綺麗だけど久々に間近に見たからそれよりも愛おしい。



「コウ君、みんなは?」



「んー?もう俺への媚売り終わったからみんなどっかいったよ?お疲れー俺。」



ニコニコと当たり前のようにそう言ってしまう彼に胸が酷く抉られる。
そんなの…コウ君、悲しい。



すると彼はそんな私の心を読んでしまったのは小さく苦笑して
倒れたままの私にひとつ、静かにキスをした。



「アイドルってこんなもんだよ。ちやほやはされるけど本当の意味での最愛じゃない。…それなのに花子ちゃんヤキモチとか…ぷぷぷ」



「う、」



私以上に大人の考えを持ってるコウ君は茶化すように悲しい現実と私の本心を笑う。
ううん、全部見透かされちゃうから彼には嘘も強がりもなにも通用しない。



「コウ君、起こして」



「えー?じゃぁ花子ちゃんが俺に言いたい事言ってくれたら起こしてあげる。…世の中はギブアンドテイクでしょ?」



もうなんだか一人でうじうじ悩んでいても無駄だって思って彼の前に両手を差し出すけれど
意地悪な彼はすぐにそれを取ってはくれない。
にっこりほほ笑んだまま、さっき飲み込んだ言葉を引きずり出そうとする。




「コウ君…おかえり」



「うん、」



「あのね…待ってた」



「うん…」



「………寂しかったんだよ?」



「うん…えへへ、」




ひとつひとつ、伝えたかった言葉を口にする度に
彼の表情はさっきの女の子達と一緒にいた時のようなアイドルスマイルじゃなくて
本当にひとりの男の子みたいにふにゃりと緩む。
そして気が付いたら私は倒れたまま彼にぎゅーっと包み込むように抱きしめられていた。




「コウ君…起こしてって」



「だーめ。俺今すっごく嬉しいからこうしてたい。」




起こしてもらいたいから観念して呟いたというのに
覆いかぶさられてちゃ自分からも起き上がることもできない。
けれど彼は私の抗議も嬉しそうに笑いながら取り下げるばかり。




「もういっぱい皆から言われたでしょう?今更…」



「だって欲しい言葉も欲しい人からじゃないなら何も価値ないもん。」



「…………性格悪い。」



「ちょっと、聞こえてるよ。」



ぎゅうぎゅうと抱き込む腕に力を込められ、されるがままでいれば
さっきまでの彼女たちの言葉を台無しにしちゃう彼の態度にひとつ、悪態をついた。
全く…あれだけ沢山素敵な言葉もらってたくせに全部台無しにしちゃうんだから…



「ま、でもその言葉…そっくりそのまま花子ちゃんに返すけどね」



「え、」



「俺が他のエム猫ちゃん達の言葉がどうでもいいって言ってから顔…ゴキゲンだもんね。」




むにっと頬を突かれて気付く、自身の顔が緩んでいた事実。
ああもう…本当だ。
私もコウ君の事言えない位性格悪い。



彼が他の人の言葉はどうだっていいと告げてくれた瞬間から自身の内側のもやもやは綺麗に晴れていた。
どうやら彼は私の下らない独占欲を満たすのが上手なようで…



「コウ君はこんな性悪女…嫌い?」



「んーん。俺の事で嫉妬してたりイラついてる花子ちゃんは最高に好きだよ。」




それは俺がキミに愛されている証拠だからねと小さく付け足して
もう一度塞がれた唇はさっきよりも少しだけ甘い気がした。




どうやら彼は、こんな惨めで醜い感情剥き出しの私も大好きなようで…




「コウ君、やっぱり性格悪いよ」



悔しまぎれにもう一度、
小さく悪態をついて微笑んだ。



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