大人バレンタイン


「スバルっスバルっ」



「…………そわそわすんな。」




いつものように棺桶に引き籠っていたらパカーン!!と無遠慮に蓋を開けられちまって
そのまま無理矢理ずるずると外へと引き摺り出されちまった。
そしてずいっと目の前に差し出されてしまった雑誌に俺は盛大にため息をつく事しか出来なかったのだ。



「大体なんだよ逆チョコって。俺はそんなの興味ねぇし…て…てか正直花子からもらいてぇんだけど。」



「しかし最近の若者はこうして男が女にチョコを差し出すんだろう?おくれよスバルっホワイトデーあげるからっ!!」



「だから俺は花子の手作りチョコが欲しいつってんだろ!!!」



珍しく俺が素直に花子からの手作りチョコが欲しいって言ってやってんのに
この馬鹿はそんなのスルーしてイマドキのバレンタインってのをしてみたいと喚く。
ホワイトデーとかいらねぇんだよ!!俺は!!お前の!!!チョコが欲しいつってんだろ!!!



「おい花子お前ふざけんなよ子供の俺の願いの一つでも叶えやがれ馬鹿野郎」



「しかし私はスバルの手作りチョコが欲しいんだ。」



「揺るぎネェな!!そして動じねぇよな!!少しは怖がれよ!!」



ずいっと彼女に近付いて睨みを聞かせて凄んでみても
花子はちょっと頬を膨らませむすっとした様子でどうしても俺のチョコが欲しいと言ってきかない。
………最愛にビビられるのは最高に嫌だけれど今日くらいはビビッておとなしく作ってほしい。
これだから年上の女は…年上すぎる女は大人の余裕過ぎて……いや、大人なら俺の意見を我慢して聞いてくれるだろうこいつは年だけ無駄に取って精神年齢俺よりガキに違いない。




「ほらほらスバルっあと30分でバレンタインが終わってしまう!!ババァに作っておくれ」



「いやだから俺は……って、はぁぁぁぁぁあ!!?」



花子の揺るぎなさすぎる意思に呆れ果ててため息をついていれば
彼女がまたそわそわとして時計を指さしたのでつられてそちらを見つめて大絶叫。
おい……おい!!!



「う、うそだろおおおお!?ちょ、い、今2月13日じゃねぇのか!!!あれ!?」



「だってスバル全然起きないからもうあとバレンタインも30分だよ」



「っだぁぁぁぁ!!起こせ!!!こういう時こそ大人の力とか言葉とか駆使して俺を起こせよ馬鹿花子!!!」



「いやぁきっと可愛い寝顔で寝ているのだろうなぁって思ってね」



彼女の指さした時計は23時30分。
俺はてっきり2月13日だと思い込んでいたが彼女の言葉からしてみるとどうやら俺は結構な時間眠りに落ちていたようで…
なんだそれ、お前その逆チョコの記事発見しなかったらこのまま俺の事寝かせっぱなしで一人でバレンタイン過ごして終わる気だったな!?
いらねぇ!!!そういう気づかいはいらねぇんだよ馬鹿!!!



「チクショウ!!!間に合うか…間に合うか!!?」



「おや?スバル…私を小脇に抱えてどこ行くつも、」



「キッチンだよ馬鹿花子!!!!」



彼女を抱えて勢いよく立ち上がり自身の部屋から飛び出して全力疾走。
30分……30分でチョコなんか作れるか!?



「スバル…スバルの出作りチョコ…」



「ああもう、うるせぇ!!!俺一人じゃ間に合わねぇからお前も一緒に作るんだよ馬鹿!!!」



「!二人の共同作業か!!がんばろうなっスバルっ!!」



どたどたと必死にきキッチンへと向かう途中で花子がぶーたれたので
そんな余裕ねぇと、二人で作ると宣言すればふくれっ面の頬はしゅんっとしぼんで代わりに酷く嬉しそうな笑顔へと変わった。
俺よりすげぇ年上のくせしてなんでそんな可愛く笑ってるんだぶっ飛ばしたい。
というか……



「きょ、共同作業!?はぁ!?そ、そんなんじゃねぇし」



「スバル、スバル。早くキッチン行かないと今日が終わってしまう。」



「!?くそっ、ほら大人しくしとけよ…飛ばすぞ!!」



彼女の恥ずかしい爆弾発言に思わず足を止めて反論したけれど
全然気にしていないといった様子の彼女から本日のカウントダウンをきかされて再び走り出す。
全く…変な所で大人の気遣いなんかするから今年のバレンタイン、ばったばたじゃねぇかくそ。




「花子、こういう日はちゃんと俺の事無理矢理でもいいから引っぱり出せよ。……怒らねぇし。」



「………スバルは優しいなぁ」



「優しくねーし」



花子がどう思っているかは知らないがこういう…その、恋人同士のイベントって
女は大切にしたり楽しみにするもんだろう。
さっきの言葉からしてみても彼女はずっと俺の棺桶の傍で俺が出てくるのをひたすら待っていたのだろう…
まぁ、残り30分で我慢できずに開けたようだけどな。



俺の言葉に抱えられながらふにゃりと嬉しそうに笑う彼女は本当に可愛い。
可愛いけれどこんな事くらいでここまで喜ばれてしまうと少し罪悪感も感じてしまう。
……なんだよ、俺…いつもそんなに他にも我慢させてんのかよ。



「花子、どんなチョコがいい?」



「ええと、ええっと…………溶かして固めたやつかな」



「………おいテメェ俺が暴愛系ドSとか言われてっから凝ったもの作れねぇとか思ってんのかふざけんな」




だったらせめて普段何気なく我慢させているであろう彼女への詫びに
今日は二人で作る事となってしまったがそれでも花子の好きなチョコを作ってやろうと好みを聞けば
暫くの沈黙の後にとんでもなく失礼な返答が返ってきたのでビキリと青筋を浮かべる



「ううん、でも私はだいすきなスバルからもらえるチョコなら何でもいいとも思っているからなぁ」



「…………くそ」




しかしその後に続いた自覚あるんだかねぇんだか分からねぇ可愛すぎる台詞に
青筋が浮かんでた顔はみるみる赤くなってしまう。
全く……こういうことを恥ずかしげもなく言えてしまう所も大人の余裕って奴なのだろうか。



「今に見てろよ」



「?スバル?何か言ったかい?」



「何でもねぇよ」




小さく呟いた俺の言葉はどうやら彼女には届かなかったようで少し安心した。
今はこうして大人な彼女に振り回されたり気遣いされてしまったままだけれどいつか…
いつかこの小脇のババァより大人になって俺が彼女を包み込んでやろうって思った夜中の…23時…



「っだぁぁぁぁ!!!!あと25分かよ!!!!花子!!!何とかしろ!!!!」



「ええと、ええと……頑張るしかないかなぁ」




そういった未来はまだまだ先のようだと考える暇もなかった
バレンタインカウントダウンの深夜、キッチンが戦場となる。




でも、まぁ…



「ふふふ…二人でチョコ作り、楽しいなぁ」




今はこうして花子が嬉しそうだからよしとするか。



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