下僕の男


今日はひな祭り。
女の節句と言うやつである。
つまり…そう、つまり!





「花子なんてもうずっと嫁の貰い手なくなればいい」



「いやぁそれはないかなー。だってシュウが私の事貰っちゃうしなーめっちゃ余裕ぶっこいてるわーあ、そこそこもっと強く。」




「お前後で覚えてろ……よっ」




部屋に響き渡る大層ご不満の声に反して私の声色は極楽モードである。
今私の最愛はベッドで横たわっている私の上にまたがっていて超不機嫌。
けれど別にいやらしい事なんて何一つしていないというかいやらしい事をするならば大体私が上である。




「ったく…女の節句だから今日一日男は私の下僕になれだ?なんだその理屈……と言うかなんで俺もそれにノってんだか…」




「それは昨日シュウが調子に乗って私の血を吸いすぎたからだとおもいまーす、あ、そこそこいいね才能あるねぇ」




ぐっぐと背中を押される感覚が心地よくて彼の文句も余裕でスルーしてしまう。
昨日はどうしてだか酷く乾いていたのかそれとも連日残業続きで全く構ってもらえなかったのがご不満だったのか知らないが
帰ってくるなりいつもより酷く吸われてしまいこの状態。
もう指一本さえ動かすことが出来ない今日が休みじゃなかったら幾ら最愛だと言えどシュウの頭を体動くようになってからぶん殴っていたところである。




幸い今日は3月3日…
女の節句だという名目で訳の分からない理屈を理由づけにして
彼には日頃の疲れた体をマッサージしてもらうと言う償いをしてもらっている。
まぁ…それだけで済ませる気なんて毛頭ないけれど。




「ったく…もう十分だろ」



「んー…じゃぁ起こしてそのままぎゅってしてご飯食べさせてよ」



「……………調子に乗るなよ花子」




いい加減指圧が疲れてしまったのか私の上から退いてうんざりだと言わんばかりの言葉を吐き捨てた彼に
私は変わらずのんきな口調で次の命令を下す。
すると流石にイラついたのか、少しばかり低い声で唸り私を酷く強引に引き上げて無理に彼の方へと顔を向けられてしまったけれど
私の顔を見て先程までイライラしていたであろうその表情は見る見るうちにしょんぼりしてしまい、整った眉も情けなく垂れ下がってしまった。




「…………そんな辛いの」



「だって連日残業でロクに寝てないのにあれだけ吸われちゃ体調だって崩すよね」




「………………、」



今の私の顔色を見てようやく自身が行ったことが割と酷い事だったのか理解できたようだが…
ううん、そんなにひどい顔なのだろうか。
確かに全身だるくて仕方ないけれど自分の顔色までは今手近に鏡がないので把握できない。




そんな事をうんうんと考えていればシュウの冷たい手がそっと私の頬に触れ、
酷く悲しそうな表情のまま今の私の状況を教えてくれる。
え、そんな表情しちゃうくらい私…酷い顔してる?




「顔色…俺より白い……目の下、隈も………てかそもそも瞳に生気もないし……はぁ、」



「っと、………シュウ?」




小さくため息をついたかと思うと彼はそのままぎゅうと私を抱き締めて肩の辺りに顔を埋める。
どうしよう…少しだけ反省させる気だったのだが酷く落ち込ませてしまったようだ。




「しゅ、」



「ええと、抱きしめてそのままメシ…だっけ?」



「え、いいの?」



この態勢のまま動こうとしないシュウが心配になって思わず声を掛ければ放たれたのは先程の命令と言うか我儘の確認。
まさか本当にしてもらえるとは思ってなかったので戸惑い気味に声を上げれば
彼は私の肩に顔を埋めながら可愛い事を言ってしまう。




「ずっと仕事ばっかで寂しかったからちょっと虐めてやろうって思ったのにまさかここまで弱るとは思わなかったから……」



「シュウ……」



「花子が俺より大人のご老体って事をすっかり忘れてた」



「よし前言撤回だ働け。今日だけは無気力ダル男ニートをめちゃめちゃコキ使ってやる」




すごく可愛らしい事を言ってくれたのでもう許してあげようと思ったのに
数秒後に余計すぎる台詞を付け足されてビキリと青筋を浮かべてしまう。
くそう、体が動くならば今すぐにその綺麗に整いすぎている顔面に頭突きを食らわせてやりたい気分だ。




「仕方ないだろう。花子がババァなのは紛れもない事実だし…」



「ちょっとシュウ、幾ら年上でもそういうのはもっとこうちゃんとオブラートに、」



「ああ、折角だから甘酒とか用意しようか?…今日は女の節句だから酒でも飲んでいつも以上に俺を使えばいい」



「ねぇちょっと話聞いてた?私シュウに血吸われまくってしんどいの。やだよ今日くらいスるならシュウが動いてよ」




食事を用意してくれるためかスルリと離れて行ってしまう彼の口からまた酷い事を紡がれてしまったので
その大きな背中に注意をすればとんでもない意味深な言葉…
彼より年下ならばその言葉に顔を赤らめる事も出来るだろうかなにせ私は彼曰くご老体。
そんなウブな反応をする前に自身の体力の心配をしてしまう。




「はいはい、そうだった。今日は俺がコキ使われる日だったな……でも、イイワケ?」



「は?」



私の反論に相変わらずだるそうに答えるけれど
どうしてだかコチラを振り返りニタリと笑う彼に嫌な予感が走る。
そして小さく呟かれたそれはまさに私にとっての死刑宣告と言っても間違いはないものだった。




「俺……自分で動いたら結構すごいんだけど…嗚呼、そうか花子…明日も休みか。なら構わないな」



「え、ちょ…しゅ、シュウ…ちょっとまってやっぱりあの」



「気にするな、今日は俺が女のお前に使われる日なんだろ?……あとで存分に愉しみなよ。」




私の言葉も聞かずに少しばかり弾んだ口調で閉じられた扉を恨めし気に見つめる。
くそう……少し反省させたかったのにどうして今はすっかりシュウのペースなんだ悔しい。
ていうか予想外に弱ってた私を見てちゃんと反省したんじゃないのかそれとも普段見れない弱弱しい私に少しその気になってしまったのかあり得る…




「動いたら結構すごいシュウ………、」




けれどまだ動かない体でベッドに横たわったままそんな事を呟いてしまう私も
なんだかんだ言って普段とは違うシュウが見れると期待しちゃっているのだと自覚すれば呆れてため息が出てしまう。
いやいや花子ちゃん、今日は体がキツいんじゃなかったでしたっけ?
それよりも激しいシュウに興味津々ですか津々ですとも。





「うう……連休で二日とも動けないとかありえない」





コツコツと近づいてくる足音にこれから起こるであろうその、結構すごい彼にされるがままになってしまい
恐らく明日はもっとひどい状態になってしまうのだろうと思いをはせてひとつ、小さくため息をついた。





どうやら女の節句だからと変な理由をこじ付けて
彼を懲らしめてやろうと言う作戦は途中まではうまくいったがそれではいそうですかと終わらないらしい。




「うう…今日はどれくらい激しく愛されてしまうんだ…頑張れ私の体」




静かに呟いた私の悲痛な言葉はせめて当の本人であるシュウには届いてほしかったのだけれど
それさえもかなわず、彼が明けた扉の音に混じって溶けて消えてしまった。



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