優しい悪役


少しだけ嫌な事があった。



けれどこんなの他の人からしたら大したことはない。




十分にそれを分かっているから「つらい」って言葉はぐっと苦し気に飲み込んだ。




「……はぁ、」



「おや、どうしたのですか花子さん溜息なんて貴女らしくない」



「ああ……そうね、どうしたんだろう。」



一日の締めくくりにと最愛の部屋にお邪魔して他愛の無い話をしていた時に思わず漏れてしまったソレ。
じっとコチラを見つめる彼に慌てて笑顔を繕ってごまかした。
別に彼を信用していないとかそういうわけではないけれど…
寧ろ逆で、大切で愛しい人だから余計な心配はかけたくないのだ。



「……レイジ?」



「嗚呼、いえ…少し席をはずして宜しいですか?折角来ていただいたのに申し訳ないですが…」



「あ、ああ…うん大丈夫だよ。」



「では、失礼」




私のそんな誤魔化しを受けたレイジは暫く何かを考え込んでいたので
心配になって思わず声を掛けると顔を上げてそんな台詞。
私と雑談をしている時に席を外すなんて珍しいなと思いながらもよっぽどの用事があるのだろうと
彼の申し出を快く受け入れた。




何をしているのかなぁレイジ…
彼が出て行った扉をじっと見つめていれば数分後、それは控えめにガチャリと開かれた。
そして彼が持っていたものにくたりと首を傾げる。





「紅茶?」



「ええ、少し冷えてきましたので…勿論貴女の分もご用意してますよ?」



「ありがとう、」



ティーカップが二つあるのだからそんなの当たり前なのだけれど改めて言葉にされるとやっぱり嬉しくてふにゃりと顔を綻ばせた。
コトリと目の前に置かれてニッコリと微笑む彼の笑顔に促されてそっと彼お手製の紅茶に口をつける。
……あれ?いつもなら紅茶、その場で注いでくれるのにあらかじめ入れて持ってくるなんて珍しい。
それにこれ…何だか少し変わった味がする。



そんな疑問を抱きながらこくりと喉を鳴らしそれを流し込んだ。




「ふふ、何も疑わず飲んでくださってよかったです。」



「え、」



「少し、仕込ませていただきましたよ花子」




彼の紅い瞳がゆったりと細められて思わず変な声が出る。
仕込んだって…なに?
普段なら「花子さん」と呼んでくれるのに今の彼はいつもより声色が低く甘く、暖かい。
そんな彼に「花子」と呼び捨てされただけなのに胸がドキリと大げさに高鳴った。



「レイジ…何、いれたの?」



「貴女が何か落ち込んでらっしゃるようですが理由を話してくれそうに無いので自白剤を少々。」



「……、」




ふわりと次第に体の力が抜ける。
視界も心なしかぼやけている気がする。
嗚呼、レイジ…貴方、なんて優しい嘘をついてくれるの。




「ん、…レイジ、」



「ええ、貴女は今私の仕込んだ薬によって素直なはずですよ?…言って御覧なさい。何がありました?」



ふわふわとした思考回路のまま彼の名を呼べはそっと抱き寄せて耳元で優しくささやかれる。
彼は知っている…私が正攻法で弱音を、嘆きを紡げることが出来ない人間だという事を。



素直に最愛に甘えることが出来れば可愛げもあるだろうが
それ以前に私は彼の負担になりたくないと、いつだって気を聞かせて全てに対して口を噤んでしまう。




ねぇ、だからってこんなに優しくしてくれなくてもいいのよ?




「レイ…あの、んぅ」



「ええ…ゆっくり…ゆっくりどうぞ?」



次第に回らなくなる思考回路。
心地いい感覚のまま、飲み込んでいた言葉がそろそろポロリと出てきてしまいそう…
ふわりと香る飲みかけの紅茶の香り…
自白剤なんてそんな物騒なもの、入ってるはずがない。



私が口にした時の紅茶とは違った香りはただひとつ




「花子…貴女は今私の所為で何でも話せる状態です…さぁ、」



「……レイジ、あのね?」



そっと何度も同じ内容を暗示の様に囁かれ、唇をなぞられればもはや私に沈黙は許されない。
ぽつり、ぽつり、控えめに…けれど確実に漏れる私の弱音
それらを耳にする度に彼の表情は優し気に、満足げに微笑みに変わるのだ。




紅茶に混じって香るツンとしたアルコール。
レイジ…ごめんなさい。
貴方を悪役にしないと弱音を吐くことさえ出来ない臆病な私でごめんなさい。



こうして私は彼に自白剤を仕込まれて無理矢理言葉を紡がされていると言う優しすぎる嘘の元
ひとつひとつ、降り注いでいた嫌な事、つらい事を彼に白状してしまうのだ。



ねぇレイジ…
こんな面倒な方法でしか貴方に縋ることが出来ない私をどうか捨てないでね?



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