悲しい奇跡


カタン、カタン




揺れる電車、この車両には二人だけ
深夜の最終電車、ぴたりと寄り添っているのに言葉を交わすことは無い。




カタン、カタン


ちらりと視線だけぴたりとくっついてくれている彼へと向ける。
黒い髪に赤い目…人間より数段青白い肌に映えてとても綺麗。



私も彼も誰かの一番になれることなく生きてきた。
何度か努力したり背伸びしたり試みてた見たけれど…
それら全ては只自分の胸の内と背伸びしたつま先を傷つけるだけで終わってしまって
結果誰からも本当の意味で愛されることは無かった。




「ああ、もうすぐだ…」



「ええ、そうですね」





ノイズ交じりに終着駅が響き渡る。
思わず声を出せばそれに返ってきた言葉も酷く淡々としていた。
けれどぎゅっと繋がれた手に力が込められたので小さく微笑んでしまう。




愛されない時間が長すぎた私達は
本当に愛すべき存在とこうして出会っても互いを愛することが出来なかった。
いや……正確に言えば互いの愛を信じることが出来なかった。





愛されたことがなかったから…





だからこちらに向けられた感情が本物なのかなんて判断がつかない。
万が一信じてそれが違った時の傷ははかりしえないと、信じるに信じれない。
本物の愛を手にしたことがないから判別がつかないのだ。




けれど自身は相手を愛している…しかし相手の「愛」とやらは信じることが出来ない。
この酷く矛盾したおかしな感情に私たちは酷く苦しみ、もがき……疲れてしまった。



「花子さん、後悔はしていないのですか?」



「………レイジは?」




終電電車の扉が開いてそのまま迷いなく手を繋いだままある場所へと向かった。
静まり返った街は酷く暗くて辺りは見えないはずなのにこんな時は全く迷うことは無い…皮肉にもほどがある。




暫くして辿り着いた場所で互いに向かい合う。
キラリと鈍く光るものが彼の胸元から取り出されてそっと握らされた。




「花子さん……花子、もう一度聞きます。………後悔は?」



「…………ねぇレイジ。私、このまま息をしている方が辛い。」



静かにそれを彼の胸元へと宛がい、ぷつりと数ミリ沈める。
最後の柔らかな声色が最終確認を問うがそれに返した私の言葉は疲弊に満ちていた。




「そう…ですか。…お揃い、ですね」



その言葉に彼は…レイジは困ったように微笑んで
私の手を優しく包み込んでぐっと力を込めた。
手を繋いでる時よりもずっと…ずっと強く。




「お先に失礼する事をお許しください。」



「後で逝くから気にしないで。」




ずくりと柄まで沈んだそれ越しに感じる彼の肉の感触
短く唸った後に彼は只の肉と血の塊となってしまった。




嗚呼、レイジ…レイジ、レイジ
いとしいひと。




貴方の愛を信じることが出来なくてごめんなさい。
……そう言えば貴方も言っていたっけ。




貴女の愛を信じることが出来ず、申し訳ない…って





どちらかだけでも誰かに愛される経験があれば違っていただろうか。
片方が信じる事が出来ていれば変わっていただろうか。
けれどそんなのもうどうでもいい。



もしも、なんてないから私たちはこうしてこの結末を選んだんだ。




愛されなかったからこんな人格になって
そんな私たちが出会って
似た者同士だから惹かれあって愛した



どちらかが愛を知っていればもしかしたら愛するどころか
憎んでいたのかもしれない。




「レイジ、愛してる………あいしてるよ」




最期まで信じてもらえなかったこの気持ちを何度も呟いて
彼に突き刺さっていたそれを引き抜き今度は自身へと押し当てる。



どうせなら最期は綺麗な場所でと
選んだこの真っ青な薔薇の花園に飛び散っている彼の赤が綺麗に映える。




「青薔薇の花言葉は奇跡………ね、笑える。」




小さく呟いて一気に胸元を貫く。
痛いというよりかは熱い気がしたけれど、それも数秒。
辺りはすぐに真っ暗になってその熱さも全く感じずに私の意識もぷつりと世界と決別した。




愛は生きてきた環境、経緯、記憶に勝てなかった。
全く奇跡もなにも起きないまま私とレイジは沢山の「奇跡の花」に囲まれて、骸となる。
…酷く皮肉めいた最期だなぁ、なんて思ったけれど





(嗚呼、けれど……奇跡、ひとつだけあったかも)




私の体も只の肉塊になり、魂が消える直前
カミサマがくれたささやかな奇跡に気付いた。





信じてもらえなかったとしても
信じることが出来なかったとしても




私もレイジも誰かを「愛した」と言う事…




それはもしかしたら酷く悲しい奇跡、だったのかもしれない。




強い風が舞って
真っ青な花弁が、ふたりの骸を隠すように舞った



戻る


ALICE+