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陽射しの入らないこの部屋は
いつ朝を迎えたか分からなくなる
唯一の方法はアラーム音だけ…









pipipi……




「……」




音が聞こえて目を覚ました
それはいつも設定してるアラームの音だ
スマホを手に取り音をすぐ消す
…隣にいる一八を起こさない為だ



セックスで疲れたのか
泣いて疲れたのか分からないほど
深く眠りについていた


目…腫れてる…
冷やすもん持ってきてやるか…




起こさないように起き上がり、下だけ服を着て部屋を静かに出た。リビングは静寂に包まれてて、雅貴が帰ってきてないのが分かる…いたら説明すんのめんどくせぇし

タオルを手に取りキッチンへ持っていき蛇口を捻った。流れる冷たい水に浸らせてキツく絞る…そこでふと、自分の行動に驚きを感じた






俺、人に何かしてやったことあったか…?






家族以外にしたことねぇ…
つか、家族にさえそんなにした事ねぇけど…






初めて会った時



一八の仕事を手伝った時




そして今も


一八の為に何かしてやろうとしてる…



「…ハッ…」






なんだよ俺、相当…一八に…




自嘲気味に笑い、俺は一八のいる部屋へと戻った





また静かに戻れば寝息が聞こえ、ゆっくり近づいてベッドに腰掛ける…起こさないように目元にタオルを近づけた


「…ん」


タオルの冷たさに少し驚いたような声が出たけど
そのまま起きずに眠っている…



「…」









『お前が現れるからおかしくなったんや!!なんで…っ、なんでお前が俺の心に入ってくんねん!!』


『俺は…っ、お前なんか好きやない…!!』








「…分かってんだよ…んなことは…」





一八にとって…一番はコブラだ

例えコブラに好意が無くても

その順番が変わることは…ない




心の片隅に俺がいた所で…


俺に向くことは…ねぇ





分かっているんだ…




でも…





一八は…俺にキスした





『俺を頼れ、縋れ。俺はどんな一八も受け入れてやるから…お前をよこせ』

『!…っ、ひろ』

『…俺のもんになりたかったら…キスしろ、一八』





『来い…』




そう言った瞬間…一八の何かが動いた
まさか…ほんとにキスされるとは…思わなかった



震えた唇…それは俺だったのか一八だったか分からねぇけど…あの瞬間…確かに一八と何かが通じ合った



涙を流す一八が…


欲しいと思う気持ちを強くさせた



抱いてる時も、その後の涙も



俺の心臓を強く鼓動させた




突き上げる度に俺のものになれと



何度も…願ったんだ…





「…、一八…っ」





コブラに未練を残すな…




俺を想え…





俺だけを…














俺は…一八が……っ








「…っ、ん……ひ……ろ…っ」

「!…一八…」

「…ぁ…つめ、た……っ」




ようやく目覚めた一八は、身を捩りながら俺の名前を呼んで…目元を押し当ててた手を握ってきた


「…まだ…寝てればいい」

「ん…ひろ…っ」


そう言うとゆっくり首を横に振り
…ギュッと、強く握ってきた



「…なんだよ」

「…これ…」


…あぁ、タオルのことか…


「…気にすんな」

「…」

「ん?」







「…あ…ありが…と…」

「!…っ」




…ヤベェな

笑っちまうくらい…
嬉しいなんて思うとは…



「…いっぱい、泣かしちまったからな」

「!…っ、うっせぇ」



見えてるわけじゃねぇのに掴んでた手を離して弱々しいパンチをしてきた…もちろん空振ってる


「…起きるか?」

「ん…」



スッと力を抜けばタオルを掴み離さないように体を起こした…ゆっくりタオルを外して目を開ける。赤く充血した目に腫れぼったい瞼…思わず笑えばアホって言いながら今度は当たるパンチ…痛くはねぇ


「…一八」

「ん?…っ」


引き寄せた体は抵抗を見せなかった
触れ合う口は…あの時ほど震えてはなかった…



「…一八、分かってんだよな…」

「…」

「…お前は…俺の、だ…」







例え心が手に入らなくても



それ以外は全部…俺のだって



あのキスはそういう意味だって



分かってるよな…?






「…俺の…だ…」




「…広斗」



まるで自分に言い聞かせてるように一八に
呟くように言うと…俺を呼び…口を開いた




「…俺は…」



















pipipi…




「「!!」」


突然音楽が鳴り始めた
俺のじゃ、ねぇ…


「…ぁ」

「…」


一八のスマホが鳴っている
それはずっと鳴り続け…止まった
アラーム…じゃ、ねぇな



pipipi...



「…っ」

「…」


間違いなく電話だ…
だが、取ろうとしない…いや
取ることに抵抗があるように見えた


何となく…相手が誰だか分かった



「…コブラか?」

「っ」

「…当たり、か」

「…っ」


さっきより長く流れている音…
どうしようかと迷いながら
ゆっくりスマホに手を取った所で



「!?」








俺はその手を掴んだ







「出んな」

「、ひろ…っ」

「…出んな…っ」

「…っ」



情ねぇような声で

絞り出した様な声で



…そう言った



情けなくてもいい…


もし…これに一八が出ちまったら



…一八は



もうここに来ることはない気がしたからだ…






「………」









頼む…出んな…一八…っ





















「…わか、った」

「!!」


鳴り続けるスマホを…そっとベッドの脇に、置いた




嘘だろ…一八が…



俺を…優先、した…っ?





「…俺は…広斗の…やか、ら…」



「…っ!!かずっ」




「…昨日、キ、スした時に…そ、う…覚悟…した、から…

















俺…お前の…そばに…おるよ…」






何を言ってるのか…一瞬理解出来なくて…




ただ、欲しかったものが




こんな形で手に入るなんて…




嬉しいはずなのに




なんて言っていいのか




全く…分からなかった…っ





「…本当に…分かってんのか?」


「…おぅ」


「…山王に…いられなくなるぞ…」


「…おぅ」


「っ、…コブラの側にはもう…、いられねぇんだぞ…っ!裏切る事になるって…分かって言ってんのかよ…!!」



…何言ってんだよ俺…
欲しいと願った一八が
そばにいるって言っているのに…


なんで…止めようとしてんだよ…っ



「…そんなん…お前が俺の家に来た時からそう思っとったわ!」


「っ…!!」


「…あの時、電話で…たった一言、助けを求めれば…こんな風にならなかったはずなんや…


けど、お前に抱きしめられて、キスされたら…欲が先に走って…結果抱かれたんや。一言が言えなかった、抑えられなかった俺がいけなかったんや…」


「…」


「あの日からもう手遅れやってん…それに…」



それに…?その続きが聞きたかったが、一八は口を紡いで…何でもないと言ってはぐらかした。何を言うつもりだったのか…でも俺は…その先を聞く事をせず…押し黙った




「…なぁ広斗」

「…なんだ」

「そばにいるって言った手前…1つ…お願いしたいんやけど」

「…内容による」

「…1度、家に帰らせてくれ」




ダメだ


頭の中でハッキリとそう言っているが

堪えて…内容を聞いた…



「…なんで」

「…荷物持ってきたいし…それに、店…閉めんと」



せめて店だけでも閉めたい…


そう呟くように言った一八は


何を考えているのか分からねぇが


…苦い顔をしていた




「…わかった」

「…ありがとな」

「…その代わり条件がある」

「…え?」



そのまま居なくなったりしたら

コブラの所にも

俺の所にも戻らねぇのは嫌だから




「…迎えに行くから夜、家にいろ」

「…わかった」



今日は土曜日
偶然か否か、その日は店の点検日
誰も来ることは無い

この日が山王を出る日になる…




「…一八」

「…なんや」




お前は今、何を思ってる




「…なんでもねぇ」

「…そっか」





聞きたくても聞けねぇ…


でも、願うなら…


俺の事を考えていてくれ…





俺はお前が…





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