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不覚にも怪我をして、やむなく姿を隠すために人間に紛れ込んだ。
弱った自分など、ほかの奴らに見つかればあっという間に狩られてしまう。
そうやって逃げ込んだ、ひっそりと静かな、しかし人間しかいない村。
退屈ではなかった。むしろ人間達はわたしの正体をしらないがゆえに、優しく声をかけ、穏やかな、満ち足りた顔をしていた。
怪我も治ってきて、ああこれでもう、わたしがこの村にいる理由はなくなってしまった、と残念なような、おかしな気持ちになっていた時。
1人の人間が、わたしに向かってあいしてる、と囁いた。
わたしは困惑した。そしてこの人間はなんと愚かなのだろう、とあきれた。
わたしは人間ではないのよ、と諌めるように言い聞かせても、人間は、それでも構わない、とわたしを抱き締めた。
心というものが、わたしにあるのかどうかすらわからないけれど。人間の言葉で言うのなら、とても、幸せだった。
人間が用意してくれた、真っ白なドレスを着て、人間が好きだという、ライラックの花束を抱えて、その人間の真似をして、笑ってみせた。
わたしがわらうと、人間もわらった。
ずっと、永遠に、共にあろうと誓ってくれた人間。
でもね、わたしはしっていたのです。
遠くないみらいで、わたしと人間はもう会えなくなってしまうことを。
人間の寿命の、なんと短く儚いことか。
あなたが、最後の最後に、わたしに向かって囁いたのは、あの日とおなじ、照れたような、あいしてる、の言葉だった。