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    プロファイリング:(名探偵)





    はじめまして。





    はじめまして。





    今日はよろしくお願いします。人を探して欲しいとのご依頼でしたが、まずいくつか質問させてください。





    はい。





    お住まいはどちらで?よろしければ、ご家族のこともお聞きしたいのですが…





    住んでいるのは外国で、母と2人で暮らしています。今日ここに来たのは、工藤探偵に私の父親を探していただきたいのです。





    父親、ですか。





    はい。私の母は、証人保護プログラムをうけています。昔、この国で働いていてその時危険な目にあったからだと私は教えられました。





    失礼ですが、証人保護プログラムを受ける前のお母さまのお名前をご存知ですか?本来他人に教えてはいけないのだとは重々承知しています、ですが…





    構いません、母より工藤探偵はとても信頼のおける方だと何度も聞かされておりますから。母の名前は安室透といいます。





    あ、むろさんの、娘さんでしたか





    はい。あぁ、でもちょうど私の誕生日にこの名前は本当の名前ではないとこっそり教えてくれました。降谷零、それが母の本名です。





    お父さまを探してほしいという、理由をお聞きしても?





    私は父の顔も、名前も知りませんから、別段会いたいとも思いませんし、娘だと言うつもりもないのです。私は母を、父に会わせてあげたいんです。私は父を知らない分、恋しいとは思いませんが母は違う。母は父を愛しています、今でも愛しています。ですが、もう会うつもりはないと、この国に来ることもないと言っていました。





    ッ!?そ、それは、何故…?





    父は、母が妊娠したことも、私が生まれたことも知らないのです。母は何度も何度も私に父親に会わせてやれなくてすまないと謝るんです。私よりも、母の方が会いたいでしょうに。





    な、なるほど…あぁ、失礼、最近花粉症気味で…





    大丈夫ですか、目が腫れてしまいますよ。目から水が、あぁ、母も、私が父のことを聞くと目から水を流すんです。私のせいかと聞いたら、目から水がたくさん流れてしまって。目が溶けてしまうと言ったら、少し笑ってくれたのですが。工藤探偵の目も、溶けてしまうんでしょうか。





    失礼しました、大丈夫ですよ。ほら、もう止まった。…これは、涙といいます。人間が、悲しいときや嬉しいとき、それから辛いときに目から涙を流す行為を《泣く》というんですよ。





    泣く、母は泣いていたのですか。





    ゆっくりでいいですよ、焦らなくていいですから、聞かせてください。





    ありがとうございます。私が母に、父に会いたくないのかと聞いたら、辛そうに笑うんです。何も言わずに。





    安室さんから、お父さまについては聞いていないのですか?





    母は私に父の名前は教えてくれません、ですがよく話して聞かせてくれるんです。煮込む料理が得意で、赤い車に乗っていて、えぇっと、らいふ?が上手で、あんまりおしゃべりはしないけど優しくてかっこいい人だと。父の話をする時の母はすごく楽しそうなんです、だけどやっぱり寂しそうに私を撫でるんです。





    煮込み料理、赤い車…あの、もしかしてらいふというのはライフルのことでは?





    それです、らいふう。

    ライフル、ですね。

    らいふう。

    ライフル。

    らいふう。

    ラ、イ、フ、ル。

    ら、い、ふ、る。





    はい、よく言えましたね。偉い偉い。…あの、確認なのですが、お父さまのお仕事についてはご存知ですか?





    父の、ですか?





    はい、安室さ…お母さんから、聞いてませんか?





    父は確か………

    はい。

    …………………………………えびふらい?を。

    海老フライ。

    はい。

    …………………FBI?





    あっ、失礼しました、えふびあいです。





    んんっ…。失礼。少し喉の調子が悪くて。





    風邪ですか?すいません、体調がよろしくないのにおじゃましてしまって。





    いえ、大丈夫です、大丈夫ですからお座りください。気を使わなくていいですから!





    ご無理はなさらないでくださいね。





    大丈夫です。あの、もしお父さまを見つけたらどうするおつもりなんですか?





    父を見つけたら、母のことをまだ好きか聞いてみようと思っています。好きだと答えたら心置きなく母と会わせることができます、けどその時私が邪魔になるようなら私は母の元から去ろうと思っています。子どもが親の幸せの邪魔をするべきではないと思いますから。…嫌いだと、答えたなら。その時は、私がパパになってママをまもろうとおもうんです。





    ママは、私を女手一つ育ててくれています。ママは、わたしをたくさんだっこして、たくさんだいすきっていってくれます。くどうくんはとってもあたまがよくて、すごうでの探偵なんだよっていってました。
    探偵さん、おねがいします。おかねもちゃんともってきました。たらなかったら、働いてかえします。





    「パパのおなまえ、おしえてください」





    ※※※※





    長い間自分を苦しめていた諸悪の根源、黒の組織との決着がついてもう5年ほどが経とうとしている。小さい体とおさらばして、何とか高校を卒業して大学へも進学できた。





    ついこの間、その大学も卒業していざ自分の探偵事務所を開業することもできたのは、ひとえに自分に惜しみない協力をくれた大人たちのおかげだと思っている。





    …彼女は、安室さんは、どこに行ってしまったんだろう。





    組織との対決を前にして突如消えた、コナンが頼りにしていた大人の1人。
    何の手掛かりも残さず、いなくなってしまった。立つ鳥跡を濁さずとはいうが、いささかきれいさっぱりすぎないかと彼女の意思の強さを垣間見たような気がして唖然とした。





    昔のことをぼんやりと考えていたら、扉が開いた音がして誰かが事務所に入ってきた。
    足音がやけに軽い客だな、と振り向いて、元東の高校生探偵は腰が抜けそうになった。
    ひっくり返らなかった俺えらい、と真顔で思ったほど。





    「いらいをしにきました」





    自分の腰に、届くか届かないかくらいの小さな背丈の幼い子どもがそこに立っていたのだ。
    ただの子どもなら新一とてここまで驚かない、だけど驚いた理由は、今まさに考えていた相手によく似ていたから。





    凛と立つ背筋や、何か決意した視線の強さ。





    何もかも、5年ほど前に消えた彼女―――安室透、本名を降谷零に、そっくりだったから。
    というかくりそつすぎて疑う余地がない。





    動揺を悟られないよう、仕事モードで話を聞いてみれば間違いなく彼女の子どもであるし、年齢的に、彼女が姿を消した理由も察せられた。





    父親を探してという少女は、随分と大人びていて聡明だった。





    口調は母親の電話口でのものを真似ているというし、何より自分のことを二の次にする思考が安室さんによく似てるなぁ、と思わず頭を撫でてしまった。
    きょとんとする顔はやっぱり幼くて、おいくつですか?と聞いたらよんさいです、と舌っ足らずな声が返ってきた。





    一生懸命話す姿は何とも可愛らしいし、別段子ども好きいうわけでもない新一だが、お茶請け用の菓子を頬張る姿に癒される。
    かわいい。





    礼儀正しいし、気遣い屋だ。安室さん、いい教育してるなぁと感心しながら話を聞く。





    しかし、ほんわかした面持ちで話を聞いていた新一はその話の内容に顔を覆って天を仰いだ。





    なんだ、それは。





    煮込み料理が得意で赤い車に乗ってるライフルが上手なFBIなんて新一は1人しか知らない。
    父親に会いたいから探してほしいのかと思えば、自分はいいからと母親を優先する始末。





    舌っ足らずでライフルやFBIが言えないのは愛らしいと思うが、どうしてこうまで自己評価の低い子どもなんだろう。





    健気で自己評価が低いこの子どもに、新一が頭を抱えて泣きそうなのをこらえていると逆にこっちの心配をしてくる。





    この子本当に4歳か。





    4歳といったら、まだ小学校にも入学する年齢じゃないのに。
    子どもというのは無邪気さの塊ではなかったか。





    どこまでも一途に健気に母親のことを思う少女が、感極まったのか話の終わりには目に涙をいっぱい貯めて、新一に頭を下げた。





    ぱたた、と床に雫が落ちたのに慌てる少女だって、父親に会いたくないわけがないだろうに。





    そ、っと少女の両脇に手を差し込んで持ち上げる。





    コナンだったころこの子のお母さんやお父さんが、新一にやってくれたように。




    「ここまでよく頑張ったな。あとは任せろ」




    目と目を合わせてそう言ってやれば、泣くまいと唇を噛みしめてぺこりと小さくお辞儀した。
    多分、今口を開いたら泣いてしまうのが嫌なんだろう。泣いてしまえばいいのに、泣きたくないとこの子は耐えている。





    少女の顔を肩口に押し付けるように抱きしめて、背中をぽんぽんと叩いてやる。





    聞こえてきた嗚咽には、聞こえないフリをしてやった。
    プロファイリング:(公安警察)





    降谷零、安室透、バーボン。

    かつて3つの名を持っていた彼女は青い顔をしていた。





    今から何年ほど前だろうか。
    その時、彼女がまず真っ先に手をつけたのは公安警察としての仕事の処理と引き継ぎの手配だった。自分が抜けても問題ないように雑務を処理し、周囲に勘付かれないように、けれど素早く迅速に仕事を引き継いで上司の手に辞表を無理矢理握らせた。
    安室透としての後始末は、ポアロをやめて、あとは適当に職が決まっただとかなんとか嘘をついた。





    1番の難関が、バーボンだった。





    決して気取られず、尻尾を見せることなかれ。綿密にこと細かく計画をたて、そうしてバーボンを殺した。





    すべてにおいて自分の存在そのものを消し去った彼女が頼ったのは、証人保護プログラムだった。
    組織に潜入していたことをふまえれば存外あっさり許可も出た。そうして手に入れた降谷零とは全く別の国籍と名前。
    日本という国を捨てるようで罪悪感を感じたけれど、もう彼女は覚悟していたから。





    ―――彼女が誰にも悟られることなく行っていたのはまごうことなく高飛びの準備だった。





    住んでいたマンションを引き払い、少ない家財は売って、愛車も売った。使い道がなくてほとんど使わず溜まりに溜まった貯蓄が十分ある。しばらくはそれを元手に静かに暮らそう。





    新しいパスポートと、必要最低限の荷物。それだけを持って、その日のうちに日本を後にした。
    もう二度とこの地へ戻ることは無いと誓いながら。国のためと日々忙しく働いていた自分は今日、正真正銘愛していた国を捨てた。





    それ、に気付いた彼女は、本当はそれからも逃げるつもりだった。当時はそれに時間を割く余裕なんてあるわけがなかったし、第一それの存在をアイツに―――赤井秀一に、気付かれでもしたら。
    今でもぞっとする。赤井と彼女はいわゆる恋人といわれる関係ではあったが、お互い本当に好きあっていたかと言われると否、と答える。
    恨み、憎悪、殺意の対象、それからこの世で1番愛していた存在の彼は降谷零のことなど愛していないのだから。
    たまたま近くにいた自分とたまたま関係を持った、ただそれだけ。





    何度も好きだと愛してると言われた。だけどそのたびに、自惚れるな勘違いするなと自分に言い聞かせた。





    たまたま寝ただけの女が身篭ったなんて知ったら、赤井はどんな顔をするのか知るのが怖くて逃げた。
    徹底的に情報を潰して消して逃げた。
    組織との対決を前に途中離脱する罪悪感から、できうる限りの情報を掴んで小さな彼に託したけれど、少しは役に立っただろうか。そうだといいけれど。





    産むことなんてできないと思っていたのに、自分はそれを殺すことなくとどめておく決意をした。厭わなかったといえば嘘になる、なんとタイミングの悪い、と溜息を吐いたことだってある。
    だけど、毎日めざましい成長をする幼いそれに言われたのだ。





    幼い口調で嬉しそうに幸せそうに、笑いながら大好きだと。





    何よりも無垢なそれは彼女が涙を見せれば心配をし、心の中でずっと気にしている存在について目ざとく勘付くのだ。しかも、赤井から離れると決めたのは彼女なのに、わたしのせい?と問うてくる。彼女よりもつらそうに問うてくる。





    教育のなっていない、いわゆるガキ大将のような輩にからかわれていたのも知っている。何でお前には父さんいないんだ、おかしい、変なヤツと幼いながらも突き刺さる言葉を向けられてたった1人立ち竦んでいた。





    助けなければと間に入ろうとした彼女が足を踏み出そうとした時、不意にそれが言ったのだ。





    ―――いなくてもいいんだよ。でも、ママがさみしいならそのときはわたしがパパになるからいいの。





    呆然とした。まだ5歳にもなっていない幼子が己よりも他を優先した。自分のことは二の次で母親を優先させるとそう言った。





    大きな目に涙をいっぱい溜めて、それでも泣かずに凛と言い放った。





    心ないことを言われて悲しかっただろう、辛かっただろうに。泣くまいと歯を食いしばって耐えていた。





    家に帰ってきたそれに、今日何してた?将来何になりたい?と聞いた。そうしたら、にこにこと笑いながら





    ―――こうえんで…くんたちとあそんだ!

    ―――えびふらい!





    と元気よく答えた。海老フライとは…と話をよく聞いてみたら、FBIだというではないか。楽しそうに、嬉しそうにそれが話して聞かせてくれる。





    泣きそうになっていたのに。からかわれていたのに。

    いつから、こんなに嘘が上手になってしまったんだろう。それも、とびきりやさしいうそつき。





    赤井に似ていると柄にもなく思う。憎まれ役を買って出て周りを優先して、そんなことせずに頼って欲しいのに、ちゃんと話して欲しかったのに。





    自分が情けなくなって思わず涙をこぼしたら、それが慌てて涙を拭う。目が溶けてしまうとかわいい心配をされて、ようやく少し笑えた気がした。





    賢く、聡い子だと思う。





    目元、耳の形、それから髪質なんかも赤井に似ているなぁと常々思う。父親がほしいと1度も言わないし、あろうことか母親に言い寄る男の1人におじさんがパパって、どう思う?お父さんが欲しくはない?と聞かれていや!いらない!とばっさり一刀両断していた。





    童顔なせいで幼く、若く見られて近寄ってくる男は鬱陶しいことこの上ないが、心底嫌っっっっそうにいらないと言った時の顔。





    産んでおいてなんだが、自分にそっくりだなと思った。





    大好きと言ったら大好きと返ってくる。ただいまと言ったらおかえりと返ってくる。おやすみと言ったら幼い寝息が返ってくる。両腕で包み込んで抱きしめたらすっぽり収まってしまうほど小さくて幼いそれは、彼女の大事な大事なものだ。





    確かに、それを選んですべてに向き合わずに逃げたのは彼女でたくさんのものを手放したけれど。それでも大切だと胸を張って言える、愛しい存在なのだ。





    「一体、どこへ……!」





    朝、目覚めて最初に異変に気付いた。いつも一緒に寝ているはずの腕の中のぬくもりがない。起きたのかと家の中を見回してもその姿は見えないし、見つからないどころかそれのお気に入りの鞄も無ければ服も無い、果てにはそれが家事のお手伝いのご褒美として貯めていたお小遣いもない。





    嫌な予感がして玄関へ向かえば、案の定靴は一足ないし扉は開いていた。
    血の気がサーッとひいて、ふらふらと膝から崩れ落ちる。





    それ―――彼女のたった1人の愛娘。





    4歳の幼子が自分から家を出ていった形跡に思考が停止しそうになる。





    降谷零の、安室透の、バーボンのだいじなだいじな子。





    かわいいあの子はどこへ行った。





    ※※※※

    プロファイリング:(FBI)




    けぶる向こうで、見慣れたあの色を無意識に探しては瞼を閉じる。いつも隣で禁煙しろだの殺すだのキャンキャン騒いでいた恋人が姿を消してもう5年ほど経つだろうか。本当に突然、何の前触れもなく自分の目の前から消えたし、そもそも存在が消えた。





    調べれば調べるほど、安室透―――降谷零の痕跡がキレイさっぱり、そこだけ鋏で切り取ったようになくなっていたのだ。





    あれほど熱意を注いでいた仕事についてもそれは同様で、ならばと探りを入れてみればあろうことか組織のメンバーとしても消えていた。





    不自然にならないよう、何一つ残さないよう迅速に正確に。





    徹底的に、消えた。





    年々増えていくタバコの量に、ぼうややキャメル達が何か言いたげな顔をしているのに気付かぬフリをしている。





    姿を消した彼女は、ありとあらゆるコネを使い情報を残していた。その情報のおかげで組織を壊滅させることが出来たといってもいいほどだし、きちんと最後まで仕事をしている彼女はさすがだと、思う。





    最初はただ、生きていてくれさえすれば良かった。





    スコッチを殺した男として、恨み憎しみ、殺意を向けていてくれるならそれを糧に生きていけるだろうから。けれど、いつからか負の感情が向けられることが少なくなった。





    一体何が起こったのか、天変地異でも起こったのか。





    憎む相手と、憎まれる相手という、なんとも歪な関係の名前が恋人になったころからだろうか。肌に触れ、名前を呼び、唇をなぞることのくり返し。





    だというのに、彼女は消えてしまった。好きだと、愛してると何度も伝えた。時には言葉で、行動で何度も。





    そのたびに、素っ気ないふりをしながらこっそり照れている可愛らしい姿を知っている。金に似て、けれど金よりも控えめに、そのくせしっかりとその存在感を主張する淡い色の髪が好きだ。褐色のしなやかな肢体は、きっと今でも美しいままだろう。





    怒鳴り声でもいいから、声が聞きたい。





    抱きしめて、どこかへ行ってしまわないように首輪でもつけてしまいたい。

    …あぁ、でも。

    「趣味が悪いと笑うかな、きみは」

    ばからしい、と一蹴するんだろう、きっと。





    プロファイリング:(Father's by FBI)








    探偵さんがいい人で良かった。
    そう言って安心したように、大人しく新一に手を引かれてここまできた少女は先程からそわそわと落ち着かない。それもまぁ、仕方ないかと思うが。





    あの後、少女を抱き上げたのとは反対の手でポケットの中からスマホを取り出し電話をかけた。誰に、ってもちろん少女の父親その人に。





    ――お久しぶりです赤井さん。えぇ、はい、元気ですよ。実は安室さんのお知り合いが聞きたいことがあるそうなんですけど、お時間大丈夫ですか。………えぇ、はい。2時後ですね、了解しました。じゃあ、後ほどポアロで。





    ツー、ツーと電話が終わった画面から耳を離すと、腕の中の少女は会話の内容から電話の相手が誰か察したようだった。少女のことを言わず、ただの知り合いと言った時のホッとした顔。

    本当に赤井さんに娘だと言うつもりはないのだと思い知った。

    約束の時間まで余裕があるからと近所のデパートに誘えば、今でも人気の仮面ヤイバーのヒーローショーに夢中になっていた。
    女の子だからこういうのは好きじゃないかもしれない、という新一の懸念をよそに、観客に配られた紙製のお面を嬉しそうに眺めている。つれてきてくれてありがとうございます、とはにかみながらお礼を言われて、工藤新一はこの時この子を甘やかすと心に決めた。





    買ってやったクレープを両手で大事そうに、抱えるように持ってひたすら口を動かしている姿はハムスターを彷彿とさせる。口周りがベタベタになるなんてことはなく、とてもきれいに食べる子だと思うけどそこまで必死に頬を膨らませずとも、とも思う。
    アイスコーヒー片手にほんのイタズラ心でほっぺたを指でつつく。





    …。





    これは。
    餅もびっくりなもちもち感に、しばらく新一は無言で少女の頬袋をつついていた。
    大きなクリクリの目を輝かせて口いっぱいにクレープを食べる姿は文句ナシに可愛らしい。あとで灰原にでも見せてやろう。ぱしゃり。





    クレープも食べ終わったころ、時間もちょうどいいし行こうかと言ったら、ハッとした顔をしてその後キリッとした顔になった。
    うんうん、切り替えが上手な子だ。
    この短い時間で随分と懐かれたと思う。





    ポアロの窓際の席にお行儀よく座り、さっきからそわそわと落ち着かないしキョロキョロしている。それでも、周りの迷惑になるようなことは一切していないのだからたいしたものだ。





    「そういえば安室さ、お母さんはこのこと知ってんのか?」





    よくここまで来たなぁ、と何気なく聞いたら、アッサリ知らないはずだとかえってきた。それはまた、なんというか安室さんがとてつもなく心配してそうだな。というかどうやって飛行機に乗ったんだ。
    心配してるだろうからメールでもしておきたい、と切り出した新一にそういうことなら、とこれもまたアッサリ鞄の中からキッズケータイを取り出して、おそらく安室さんのものだろうアドレスを見せてくれた。





    おいおい、それでいいのか。





    探して探して探しまくった彼女の連絡先が、こともあろうに彼女の実の娘からぽろっともたらされた。





    若干遠い目をした新一だが、そのアドレスに新一のスマホからさっきのクレープを食べている少女の写真を添付して送信する。
    もちろん、工藤邸で待っているという旨も添えて。察しの良い彼女のことだ、これで十分だろう。





    新一はまたもやアイスコーヒー、少女はオレンジジュースを呑気に味わいながら件の人物を待つ。
    電話越しの会話からそろそろ2時間が経とうか、という頃になって突然、ギャギャギャとすごい音がした。
    あ、来たという新一の呟きに少女はウソだろ…?というような顔をして、ぴゃっと仮面ヤイバーのお面をつけて顔を隠していた。そうだよなぁ、子どもにこのドリフト音は怖いよなぁ。





    悲しいかな、慣れてしまった自分がいる。





    「赤井さん!こっちです!」





    息せき切って店内に入ってきた赤井秀一、その人が新一を見つけて足早に向かい合うような形で席に着く。
    新一の隣にちょこんと座る子どもに不思議そうな顔をしているものの、コーヒーを頼むとそれで、と新一を急かす。





    「久しぶりだな、ぼうや。それで、俺に聞きたいことがあるというのは」

    「はい。…さ、挨拶だ。できるよな?」





    新一に促されて、お面をつけたままではあるが、少女が拳をきゅっと握って、だけどちゃんと赤井にぺこりと頭を下げて挨拶した。





    「はじめまして。きゅうにおよびだてしてすみません」





    幼い口から紡がれたきれいな敬語に、赤井が少女の顔――を隠すお面を見てそれから新一を見た。APTX4869で、大人が子どもの姿になった可能性について考えたのだろう。
    それは違う、と首を横にふると、ますます赤井の目が見開かれた。





    「あかいさん、でしたよね。きょうはあかいさんにおたずねしたいことがあって、たんていさんにつれてきてもらいました」

    「なるほど、安室くんの知り合いというのはキミのことか。…それで、聞きたいことというのは」





    娘が父親を苗字で
    父親が娘を知り合いと

    他人行儀な呼び方に、新一はむなしくなって眉を寄せる。





    「わたしがおたずねしたいのは、あかいさんがあむろさんのことをどうおもっているのかです」





    お面の下で、少女の声が鋭く研がれて真剣味を帯びる。緊張で一気に固くなった声色に少女が本気で質問していると伝わったのか、赤井も至極真面目に口を開いた。





    「安室くんのことは今でも好きだと言える。彼女以外と添い遂げるつもりもない」





    きっぱりそう告げた赤井に、少女が目に見えて安心するのが分かった。肩の力が抜けて、小さくよかったとこぼしているのが聞こえた。





    「そのことば、あむろさんにちょくせついってあげてください。あむろさんも、いまでもずっとあかいさんがすきだといっていましたから。」





    少女がぴょん、と椅子から飛び降りて、赤井にお辞儀をして新一に行こうと促す。





    「きょうはありがとうございました。あむろさんのいばしょはたんていさんにおつたえしておきますので、どうかすぐにでもあいにいってあげてくださいね」





    少女に手を引っ張られて立ち上がった新一は、このままではダメだと漠然とした想いを抱えていた。このまま、少女と赤井を別れさせてはダメだ、と。





    「きみは…」

    「わたしはただのしりあいですから。」





    それではしつれいさせていただきますね、ともう一度お辞儀をして新一の手を引っ張る少女の、小さな手を逆に掴んで押しとどめた。





    「…ねぇ、赤井さん」





    赤井に呼びかけたことで、少女が何を言うつもりだとお面越しに新一を見上げてくる。あぁ、今思えばこのお面も母親と父親に似ている自分の顔を隠そうとしたんだろうなと推理できる。





    「なんだ、ぼうや」

    「安室さんとのあいだに、子どもってほしい?」




    新一の手を握る少女の手に、少し力が込められた。




    「子ども?」

    「うん、そう」





    ききたくない、とぐいぐい引っ張ってくる少女を逆に抱き上げて捕まえて赤井の言葉を待つ。
    暴れても無駄だと分かっているのだろう、新一にへばりついた少女がいやいやとぐずりだす。





    「…安室くんとの子なら、どんな子だろうとかわいいだろうな。できれば、女の子がいいんだが」





    新一の腕の中で、背を向けている少女を見つめながら赤井がやわらかく微笑む。このやりとりで少女が何者か、気付いたらしい。

    赤井の言葉を聞いた少女がおそるおそるこちらを見るのを辛抱強く待って、お面越しではあるが目があった瞬間に怯えさせないようにゆっくりと、優しく。





    「おいで」





    抱っこされていた新一に降ろされて、少女がおろおろと困っているのが伝わってくる。赤井と新一の顔をしきりに見比べて、動けずにうつむいてしまった。





    「ほら、大丈夫だから」





    新一に背中を押されてようやく観念したのか、おずおずと近付いてくる姿は警戒心の高い猫のよう。
    なるほどこういうところは母親似なのか、と納得されているとも知らずに。





    手の届くところまで近付いてきた少女の顔を隠すお面をゆっくり外してやる。





    へにょん、と力なく下げられた眉も、幼いながらも整った顔立ちは彼女によく似ていた。
    あぁ、でも目元や髪なんかは自分に似ているだろうか。





    何か言おうとして、でも言っていいのか分からないのか口を開けたり閉じたり忙しい。急かさずに出てくる言葉を待つ。

    ん?と首を傾けて促してやる。





    「パパ、てぇ つなご」





    今にも泣きそうな幼子の精一杯のわがままは、ちっちゃくてかわいらしいものだった。





    **

    『……パパのおなまえ、おしえてください』





    新一のスマホに録音された会話の内容に項垂れる大人が2名ほど。





    ポアロをあとにして工藤邸へ向かう道中、新一がスマホを確認したらものすごい数のメールが届いていた。明日の朝にはこっちに来るという旨を確認した後、それじゃあ3人でお泊り会でもするか!と少女に明るく提案したのだ。赤井もそれを了承し、有り余っていた有給休暇を使うと言っていた。





    赤井が作ったカレーに舌鼓をうつ新一の正面の席、つまり赤井の隣に座った少女の反応は中々面白かった。
    よっぽど美味しかったらしく、口から「ふぉぉぉ…!」みたいな声が漏れていて、新一は思わず腹を抱えて笑ってしまった。

    まぁ、無言だがしきりに少女の頭を撫でていた赤井にも笑いを誘われたのだが。

    そうやってゆったりと過ごし、迎えた翌朝。
    まだ子どもは眠っているような時間にその人はやって来た。





    「新一くっ、久しぶりだね…!そ、それで、あの子は!」





    挨拶もそこそこに、新一の肩を掴んでガクガクと揺さぶる懐かしい彼女にわー安室さんかわってねーなーなんていう感想を抱く。





    「あ、安室さ、じゃなくて降谷さん落ち着いて…!」





    揺さぶられすぎて目が回ってきた頃ようやくそれだけ言えて、どうしたものか思案する。





    「あの子ならまだ寝ていると思うが。起こしてこようか」





    バルコニーでタバコを吸っていた赤井がひょい、と顔を出す。何年ぶりか、久しぶりに会った恋人の姿に目を細めていた。大事で愛しくて仕方ないというふうな眼差しを向けられた彼女はというと、びくりと肩を跳ねさせて、それから赤井を射抜くように睨みつけた。





    「何故ここに貴様がいる、FBI!」

    「何故、ときみが聞くのか」





    あー、この殺伐としたやり取りも懐かしいなーと現実逃避をしていた新一だが、今なお安らかな睡眠を甘受している幼子のためにもここは新一がもうひと頑張りしなくては。





    「2人とも積もる話は沢山あると思うけど、まずはこれ聞いてくれない?ほら、降谷さんも入って入って」





    玄関先で喧嘩でもされたらたまったもんじゃない。強引にぐいぐいと降谷を引っ張り込んで、ソファに座るように言う。
    赤井と降谷の両名がソファに座ったのをしっかり確認してから、新一はスマホの画面をタップした。それが冒頭に繋がる、新一に依頼してきた少女との会話の録音だった。





    齢4歳の幼子のあまりの健気さに大人2人が揃って頭を抱えている。同じソファに座って聞いていた2人が項垂れるタイミングもジャストでぴったりだった。





    会話もなければ動く気配もない沈黙の中、誰も喋ろうとはしなかった。





    「…ママ?」





    そんな中、キィ、と軋んだ声を上げた扉の隙間から少女のまんまるな目が覗く。ほんの少し、ひょっこりと顔を出す仕草は先程の赤井に似ていて、少しの間しか一緒にいないのにこうまで似るものなのかと大人たちはびっくりする。





    当の本人は、母親がいることに嬉しそうにするものの、勝手にここまで来たことを怒られやしないかチラチラと様子を見ている。





    「……怒って、ない、怒ってないから…。早く帰ろう、ね?」





    立ち上がって、少女の元まで歩み寄った降谷が言った言葉に赤井と新一が腰を上げた。
    またいなくなるつもりなのか、と赤井が口を開くよりも早く―――





    「え、なんで?だってママ、パパだいすきじゃん」





    さっきまで半ば夢現で寝ぼけていたのに、降谷のセリフで意識が覚醒したのかハッキリとそう断言した少女が心底意味不明だ、という顔をする。
    娘からの思いもよらない裏切りに、母がビシリと固まった。





    「ママとパパがばいばいしたのはわたしのせいなんでしょ?でも、ママ、パパだいすきでしょ?」





    わたししってるよ、と。
    にこにこと幸せそうに笑ってとんでもない発言をした子どもに、たまらず母親が膝から崩れ落ちた。





    「いつ、私がきみのせいだなんて言った………!」





    半分呻くように少女を抱きしめていると、背後から懐かしいぬくもりに包まれて、もう我慢できずに涙が溢れだしてしまった。





    「…ここでひとつ、提案なんだが」





    耳元で聞こえた低音が、降谷を落ち着かせるように優しく髪を梳いてくれている。
    それがひどく心地よくて、腕の中の我が子をより一層抱きしめた。少しでもこの子に、大好きだと伝わるように。





    「…何です」





    声が少し裏返ったことに赤井は気が付いているだろう。それでも、気付いていないふりをするんだ。そういう男なんだ、コイツは。




    「買い物に行こう」

    「…は?」

    「おかいもの?」

    「あぁ。3人で、な。」




    突然の発言に、意図がわからなくて混乱してしまう。買い物?3人で?今から?




    「それじゃあ俺、車まわしてきますよ。赤井さん、車の鍵お借りしますね」

    「気をつかわせてすまないな、ぼうや」




    混乱しているうちに、新一はさっさと外に出てしまうし娘は不思議そうな顔をしているし。もう、降谷には何がなんだか。




    「…零くん。きみが不安に思って消えた理由については心当たりがある。自己評価の高いきみのことだ、悪い方にばかり考えたんだろう?」




    赤井に抱きしめられるのは随分と久しぶりで、懐かしいタバコの匂いに降谷の心が穏やかに凪いでいく。
    静かに言葉の続きを待つ。腕の中で大人しくしている子は、さっきから空気を読んでいるのかぴくりとも動こうとしない。




    「零くん。俺は必ずきみのところへ帰ってくる。おいていったりしないさ。

    ……結婚指輪を買いに行こう、3人で。

    もしきみが断っても、俺は2度とこの言葉誰にも言わないが」




    さて、どうする?




    「…あなた、バカなんですか」

    「おや、それはまた随分と不本意な称号だな」

    「えぇ、バカですよあなた。大バカです。……そんなことして、いいんですか。後悔しても知りませんよ」

    「それはありえないから心配しなくていい」

    「どこからくるんです、その自信は」

    「いやなに、先程からかわいい愛娘がいい子にして待っているものでな」

    「…は?」




    テンポのいい会話の中で言われて腕の中を見る。そうしたら、声を出さないようにもみじのようなちっちゃな両手で口を抑えてこっちを見上げる愛娘がいた。
    期待と不安に揺られながら、こっちを見ている。




    「……この人がパパでも、いいんだね?」




    震える声で降谷が愛娘に問う。
    それに赤井も便乗して、赤井によく似た髪をくすぐるように撫でた。撫でられたことに照れたのか、口元から手を離した少女がにへっと笑う。




    「ママ、 おかいもの いこ」




    それは当然、彼女と、彼女の母親からの返事と同義語である。













    (Please marry me??)
    (―――Of course!!)

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