eins
純度100%
このパーセンテージは時と場合によって多少変更されることもあるがその差は微々たるもので基本的には大きな誤差は皆無であり今後も決して覆ることのない数字である。
「いい加減起きたらどうなんです、寝汚いのにもほどがある」
荒い口調に反して、自分を揺する力はそれほど強くなく、心地よい微睡みにさらに沈んでいく。しかしここで二度寝してしまうとあとが怖い。
「…おはよう、奥さん」
赤井秀一の1日は、最愛の人のモーニングコールで始まる。
「あの子も今起きたところだし、さっさと顔洗って歯磨きしてこい」
横暴だ、奥さん。
問答無用とベッドから叩き出されて渋々、洗面所に娘と連れ立って並び立つ。寝ぼけ眼の愛娘はあっちへフラフラこっちへフラフラと危なっかしいから、途中からもう小脇に抱えて運んでやった。
最近気付いたが、愛娘は抱っこされるのも好きだが小脇に抱えられるのも好きらしい。
寝起きのふにゃふにゃした顔で、これまたへにゃへにゃ笑った顔。ちなみにそのまま寝た。
かわいい一面ににこにこ笑っていた奥さんがそれを見て爆笑していた。
「パパ、ペンギンの、だしてー」
身長が足らず洗面台まで届かない愛娘は、先日ぼうやに遊んでもらった際買ってもらったペンギンがプリントされたおもちゃ箱に乗って歯磨きをする。
ファンシーな絵柄のおもちゃ箱に中身は入っておらず、中に入れるおもちゃはいらないのかと聞いたら拒否された。愛娘曰く、ペンギンがよかった。
洗面台の横に設置されたおもちゃ箱を出してやれば、短い手足を使ってロッククライミングのごとくのぼるのだ。手伝ってやるのは簡単だが、幼いながらも必死に頑張る姿は愛らしいから手伝わない。
ご飯の用意をしていた奥さんが、洗面台に2人で並んでいると様子を見に来るのも知っている。
2人並んで歯磨きをしている姿を見て、それはそれは幸せそうにほわりと笑って何事も無かったかのようにキッチンに戻る。奥さんは気付かれていないとおもっているのだろうか。
鏡にバッチリうつっているエプロン姿は文句ナシだ。
「毎度のことながら大胆だな…」
軽く顔を洗って、タオルで拭った頃になると愛娘も顔を洗う。ただ、両手が小さすぎて水が溜められない為洗面器に水を張ってそこに顔を突っ込む。
そろりそろりとゆっくりいくのかと思いきや、周りに水しぶきが飛ぶのもお構いなしにバッシャーン!と。
ビッシャビシャな顔面を拭いてやって、それから跳ねた水しぶきを2人で拭う。
完全に意識が覚醒したら、椅子に座るまでどちらからともなく手をつないで歩く。
料理の並べられた机を前に大人しくしていることもあれば、2人して奥さんの手伝いをすることもある。
ふくふくと柔らかい手は小ちゃい。さらにいえば、着ているパジャマにも問題がある。
キャメルが是非、と買ってよこしてきた着ぐるみパジャマ(くまの○ーさん)。帽子につけられた耳が気に入ったのか、このパジャマを着ている時は常に帽子をかぶっている。
この前遊びに来たベルモットが無言で写真を撮って帰っていった。今更だがあの女は何をしに来たんだ。
「ママー、わたしのおちゃわんピンク○ンサーのやつにして!」
愛娘の茶碗、箸、スプーンなんかはジョディが買い揃えてきた。何だ、キャメルとジョディは何を張り合っているんだ。
今日の朝ごはんは豆腐としめじのコンソメ卵とじ、挽肉と大根のとろとろ煮、つやつやの炊きたてごはん、それから愛娘の好きなさつまいもの入った味噌汁。
卵とじに箸をお邪魔させたら、ふわふわにかき混ぜられた豆腐とバターで炒めたしめじが顔を出す。
フォークで食べようと悪戦苦闘している愛娘に奥さんがスプーンを渡して、ようやく愛娘も卵とじに対峙できた。口の中にぽいっと放り込めば、やさしく広がるコンソメの香り。
きのこ嫌いだった愛娘がきのこを克服するのに大いに貢献したメニューの一つだ、実力は間違いない。
大根を箸で割る、そうしたら、じゅわりと出汁のいい香りが広がってますます食欲をそそる。挽肉と大根をひとまとめに、彩りにぱらぱらと散らされた青葱も忘れずに。卵とじはコンソメをおもに味付けしてあったが、これは鰹だしらしい。
喉を通る出汁が美味しい。
炊きたてつやつやの白米だって忘れちゃいけない。研ぎ加減、炊く時の水の量、蒸らす時間配分が完璧でなければここまでつやつやしないだろう。ただの白米だろうに、奥さんが調理するだけでブランド米にだって引けを取らない。
噛んだらその分、白米そのものの甘さと旨みが出てじんわり染み込む。
味噌汁に手を伸ばすと、頬袋をぱんぱんにしている愛娘と目が合った。
やたらキラッキラした目でこちらを見上げて、口だけをもっちゃもっちゃと動かしている。そんな顔したってさつまいもはあげない。おかわりしておいで。これはパパのです。
「ほんっと、2人ともお腹すきすぎなんじゃ……」
好きなのはきみと娘ときみの作るご飯だと声を大にして言いたい。
朝食を終えたら仕事の準備だ。今日は任務というより後処理が主な為デスクワークになるだろう。
食器を片付けるのを手伝って、エプロンの紐を解いた奥さんにキスをする。
「それじゃ、そろそろ行ってくる」
「もうそんな時間でしたか。遅刻しないでくださいよ」
「もちろん」
言いながら、足元にちょこちょこ寄ってきた愛娘にもキスしてやる。
くすぐったいのか照れてこそばゆそうに笑う愛娘が今日もかわいい。それを見て愛娘にキスしてやる奥さんもかわいい。
そのまま愛娘を抱っこした奥さんが玄関先まで見送りに来てくれる。いってらっしゃーい、と2人して手を振る姿にものすごく仕事を休みたくなる。そうだ有給使おう。
「はよ行け」
横暴だ、奥さん。
まだ何も言ってないのに。
退屈なデスクワークが一段落ついて、さて外に昼食でもとりにいくかと腰を上げた時。聞き覚えのある声を拾って、思わず上司のジェイムズに確認してもらわなければならない書類を落とした。
でれでれと緩みまくった顔面のキャメルと手を繋いで、こちらに手を振るミニマムサイズのドナ○ドダック。キャメル、デ○ズニーで攻める気か。
「パパー!おべんともってきたー!」
微笑ましいという目でドナルド○ックを見ていた同僚達が、パパと呼ばれたのが俺だとわかるや否や嘘やろ…赤井さんの…?という顔をした。失礼な。うちの娘かわいいだろう。
歩くたびに、着ぐるみの性質上○ナルドダックの尾羽、またはおしりをふりふりさせながらこっちに向かってきた。走らない理由はなるほど、背中のリュックサックに弁当が入っているらしい。
「ママがつれてきてくれたんだけどねぇ、ママもちょっとおしごとなんだって」
「よく来たな。ほらおいで、お腹空いただろう?すまんなキャメル」
引率をしてくれたキャメルに礼を言って愛娘に手招きすると、アッサリ繋いでいた手を離して走ってきた。走ったらいけないよと奥さんに言われただろうに、最後の最後で惜しい。
膝の上にド○ルドダックを乗せてやって、リュックサックの中から弁当を取り出す。
リュックサックをおろさないのか?と聞いたらママから頼まれたおつかいだからおろさないらしい。
一度決めたことを貫き通す方向が若干ちがう気がする。
朝食と同様、2人で奥さんお手製の弁当をたいらげて一息つく。
その頃には慣れたのか、ちょいちょい愛娘に声をかけたり頭をなでたりする輩も出てきた。そのたびに愛娘は愛想よく返事をして、パパがおせわになっております、とお辞儀してみせた。
キャメル、動画をとるな。ジョディに送っただと?何をやっている。は?ジェイムズにも送った?
…あとで俺にも送っておいてくれ。
「あ、いたいた、すいませーん赤井さーん!」
今日はとことんデスクワークらしい。さあ次はどの書類にサインさせる気だ、と身構えると愛娘が元気よく返事した。
「はーい!」
ピシッ!としっかり右手をあげて返事をした。
「えっ…?あ、赤井さん…?」
「はーい!あかいです!」
間違いではない。愛娘も赤井に違いないのだから。
「赤井さん……?」
「………?あかいです…」
自分を呼びにきた同僚と愛娘が、お互い不思議そうに顔を見合わせて首をかしげている。
同僚の傾げた方へ愛娘も傾げているのがまた愛嬌のある。同僚もおもしろがってカクカクしないでほしい。
「あかいって、パパとママとおそろいだからすき!」
どうして返事したんだい?と愛娘に聞いたキャメルが動かなくなった。おい次の書類だ。
「明日に備えて赤井さんはもうお帰りになってください。娘さんも、また来てね」
気の利く同僚のススメに甘えさせてもらうことにして、ばいばーいと手を振る愛娘を抱っこして帰ることにした。
もうそろそろ奥さんも帰ってくる頃だろう。
愛娘のリクエストにこたえて、今日は自分がキッチンに立つとしよう。
※※※※
「準備できましたよ」
「…ほー」
「なんです」
「いや、人前に出すのが躊躇われるほどきみは美しいな」
「どこで覚えるんですそんなキザったらしいセリフ」
「お嫌いなら、治すが?」
「そういうとこ嫌いです」
「おや、顔が赤いが」
「もう!!!!さっさと行きますよ!!!!」
「そう照れるな。そうだな、そろそろ行こうか。」
「まったく」
「あの子がベールを持ちたいと言いださなければ式を挙げるつもりはなかったとは、きみも大概…」
「まだそれ言うんですか」
「そうだな、しばらく根に持つかもしれん」
「嘘でしょ…」
「さぁ、どうだろう」
「またそうやって誤魔化す」
「せっかくだ、今更かもしれないが言わせてくれ零くん。
俺は生涯きみを愛してきみより長生きすることを誓おう。」
「……えぇ、ぜひそうしてください」
ほら、行きますよ旦那さん
さぁチャペルの扉を開けて
まっしろなドレスで飾って
神の御前で愛を誓って!
女の子はお砂糖とスパイス、そして素敵な何かで出来ている。
男の子はカエルとカタツムリ、仔犬の尻尾が主成分。
純度100%
このパーセンテージは時と場合によって多少変更されることもあるがその差は微々たるもので基本的には大きな誤差は皆無であり今後も決して覆ることのない数字である。
純度100%
赤井秀一の世界を構成している成分は純度100%の優しさと幸福である。
このパーセンテージは今後決して覆ることは有り得ない。
だってとなりにきみがいる。
女の子はお砂糖とスパイス、そして素敵な何かで出来ている。
男の子はカエルとカタツムリ、仔犬の尻尾が主成分。
マザーグース、ナーサリーライムの中でそう歌われているように、彼女の世界は優しくて素敵なものであふれていました。優しくて大好きなパパとママ、近所に住んでいる探偵のお兄さん、喫茶店のマスター、それから馬が好きなおじさんも。
ちがう!コレはちがう!
彼女は叫びました。
彼女は叫んだ羊水の中。ぬるま湯の中、腹の中。
ちがう、コレはわたしのママじゃない!
外に出た彼女は大好きなパパとママを探しました。小さい体で長いあいだ探してやっと見つけたパパとママ。
でも、彼女の知っているパパとママとは少しばかり違いました。
2人とも彼女と同年代の子どもであったし、ママは女の子ですらありませんでした。
そこで彼女は思い出しました。
パパとママが好きなお酒の名前を思い出しました。
彼女は真っ暗な場所に行くことにしました。
何年もずっとそこで待っていると、思ったとおりパパとママ、それからチケットを買ってくれたおじさんもこっちにきました。
彼女は嬉しくなって、ずっとにこにこ笑っていました。
「任務の内容は以上です。ライ、スコッチ、それからフォーギブン。あなた、また笑ってるんですか?何がおかしいんだか」
何も知らないママに冷たい言葉を刺されてもずっとにこにこ笑っていました。
「何を考えているのか分からないのは今に始まったことじゃないだろう。…しくじるなよ、フォーギブン」
パパに冷たい声を刺されてもずっとにこにこ笑っていました。
「フォーギブンってコードネームもまたぴったりだな。ライとバーボンの親戚か?」
チケットを買ってくれたおじさんに皮肉を言われてもずっとにこにこ笑っていました。
彼女はチケットを買ってくれたおじさんと、飛行機の乗り方を教えてくれたおねえさんをたすけました。
彼女は爆弾の解除をしていたおじさんを助けました。
パパとママが悲しむと知っていたからです。
彼女はよく、パパとママと3人で一緒にお仕事にいきます。
お泊まりすることになった時、パパとママは女の子だからと彼女にベッドを譲ります。
いつも椅子やソファで眠るパパとママにブランケットをかけて、起こさないように注意してハグをします。
彼女はパパとママの前では一度も喋ったことはありません。
彼女の声はパパとママによく似ていると言われていたからです。
彼女はパパとママが眠っているときにだけハグをして、そおしてやっと口を開くのです。
「いつか 3人で おかいもの いこう ね」
彼女は今日も笑っています。