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「…もしもし?」


 知らない番号から掛かってきた電話。間違い電話かと思ったが、随分と長く鳴るものだから、控えめに電話に出てみた。


「遥花か?」


 何だか聞き覚えのある声。まさかね、とは思ったが、何となくそのまさかに賭けてみることにした。


「はい。そうですけど…もしかして高杉先輩?」
「ああ、遅くに悪いな。」
「いえ、気にしないでください。お仕事お疲れ様です!」


 高杉先輩だあああ!と心の中で全力でガッツポーズ。私はまだまだ単純だ。いや、女は幾つになっても単純である。
 久しぶりに会ってからまだ2、3日しか経っていないけど、こんなに早く連絡してくれたことがとてつもなく嬉しかった。
 彼がまだ学生だったら、私から連絡していたかもしれないけど、社会人となるとよっぽど忙しいだろうし、なんだか申し訳なくて連絡しようにもする勇気がなかったのだ。
 


「急に電話なんてどうしたんですか?」
「ケータイ変えてから番号も変えたんだが、教えてねぇだろ。追加しとけ。」
「あ、なるほど!わかりました。もしかして、それでわざわざ電話を…?」
「ってのもあるが、ついでに飯にでも誘おうかと思ってな。」


 どうせ暇だろうと電話の向こうで小さく笑った彼に、多分今の私はもう、ゾッコンである。年上への憧れってものは誰しもが持っているもので、でもその憧れは、距離が近づけば近づくほど恋愛対象として近づきやすくなる、のだと思う。
 学校にいた時とは違った魅力、大人の魅力を彼は持っていて、だから今私はこんなに彼に惹かれてる?自分でもイマイチよく分からない。まだ好きとは言えないと思う。でも、この感覚は、すごく嬉しくて、幸せで、堪らないのだ。


「私も丁度、高杉先輩とご飯食べに行きたいと思ってました。」
「そりゃいいタイミングだったな。なんか食いたいものねぇのか?」
「うーん……お肉、とか?」
「肉か、焼肉だな。」
「焼肉いいですね!ガッツリ系最高!」
「遥花は相変わらず食うのが生き甲斐ってところか?」
「失礼な!食を楽しむ事は生きることを楽しむ事なんです!」
「そうかよ。人生楽しそうで何よりだ。」
「馬鹿にしてます??」
「気のせいだ。」

















 

 
  何だかんだ色々な話をしていたら、1時を過ぎてしまった。大学の話とか、仕事の話とか。
 電話越しでも、彼の声を聞くと落ち着いて、ふわふわと笑ってる自分がいる。こんな風に話してると、明日も大学にいたら会えそうな気分になって、きっと電話を切ってしまったら寂しいんだろうなぁ、と。
 重い瞼をこすって、頑張って起きたりして、眠くてもいいからもっと話がしたい。ひたすらそんな事ばかり思う始末だ。


「遥花?」
「ん、なんですか?」
「もう眠いんだろ。」
「あれ、バレました?もう眠くて油断したら意識失いそうですよ。」
「そろそろ寝た方がいいんじゃねぇか?定時の電車乗り遅れたらもう行く気失せるんだろ、遥花の事だから。」
「さすが分かってますね。何度家まで迎えに来ていただいたものか……」



 昨年度は本当にお世話になった。駅まで送ってもらったりもして、ありがたい限りだ。こうやって思い出すと、当たり前に出来ていたことが出来なくなるなんて全然考えてなかった私には、今になってその寂しさがやっと身に染みてきた。
 


「寝たくないです、折角久しぶりに電話したのに。」
「まぁ、会うのも話すのも久しぶりだったしな。」
「はい…」
「電話、切らねぇから。さっさと寝ろ。」
「わかりました、寝坊したら高杉先輩のせいですからね。」
「それはてめぇの責任だ。あと、高杉先輩って呼び方他人行儀が過ぎるから変えろ。」
「じゃあ、高杉さん?」
「苗字でさん付けって…日本語分かってんのかよ。呼び捨てでいい。」
「晋助、とか?」
「ああ、その方自然だろ。」


 始めて高杉先輩の事を名前呼んだ気がする。こんなに恥ずかしいのね、名前呼びって。
 それになんというか、勝手にこんなこと思って馬鹿みたいだけど、後輩で晋助って呼んでる人見たことないし、私だけかなぁ?なんて特別感を感じてしまう。


「次苗字で呼んだら焼肉無しだからな。あとその敬語もやめろ。」
「…うん。」
「寝ないと育たねぇぞ。」
「わかってる。また連絡するね、おやすみ。」
「ああ、おやすみ。」





 眠りに誘われるようなその声が、電越しじゃ物足りないと思ったのは言うまでもない。