執行官になって一ヶ月が経った。物心着いた時から更生施設にいたせいか、未だに戸惑うことばかりで緊張状態が続いている。
それでも、今までの生活を考えれば少しは人間らしくなれたのだろうか。人間らしくあれ、なんて人間が言うセリフではないけれど。どう生きても自分は自分のままで、どんなに薬を飲んで心をケアしても何も変わりはしない。最終的に行き着く場所は皆同じだ。
この世界において何が普通で普通ではないのか、その区別がつかないからこそ自分は潜在犯になった。それなのに潜在犯の自分が、同じ潜在犯から善良な市民を守る。誰かの身代わりなのは分かっているけど。それが普通でない、ということだけは理解できた。世界はいつだって、何かを犠牲に成り立っている。



慣れないデバイスを操作して捜査ファイルを開く。櫻井は機械が苦手だった。文字を打ち込む、間違える、deleteを押す。一瞬でその間違いをなかったことにできる、ということがどうしても受け入れられないのだ。まるでこの社会そのものを見ているようで。
例えば、この目の前に映し出されている画面がこの社会、打ち込まれる文字が市民、そしてこのキーボードがシビュラシステムだ。真っ白な社会に、間違った思想の人間が生まれる、そして一瞬にしてdeleteされてしまう。とても簡単で、そしてとても危険だ。






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