とある土曜の午前九時。
もそもそと男二人で寝ていても余裕のある白のシーツが敷かれたキングサイズのベッドから這い出て来たのはシノだった。
寝起きのせいで、元々ふわふわな髪質の赤茶色の毛はいろんな方向にはねている。
瞼を擦りながら洗面所へ向かい、顔を洗って歯を磨く。
まだソーはベッドの中でおやすみ中だ。
だんだん意識がしっかりと覚醒してきたシノはキッチンに立つ。シノは割と料理は出来る方だ。
今日の朝ご飯はドリアにしようと決めて、冷蔵庫を漁る。
シノは元々朝はしっかり食べる派で、付き合うようになってからは食べる事より寝ることが優先なソーもそんなシノに合わせて一緒に朝ご飯を食べている。
冷蔵庫に入っていた適当な材料を切って、炒めて、オーブンで焼き上げて…。調理していくうちに薫りにつられたのか、ソーが寝室から出てきた。ついでにシノの使い魔ケット・シーも。
「なに」
「今日はドリアだよ。もうすぐできるから顔洗って来て」
「ん。…シノ」
美形の寝起きというものは凄まじく色気があって恐ろしい。
ソーとは半年以上同じ部屋で暮らしているが未だ慣れずにドキドキする。
普段は鋭い切れ長の瞳が寝惚け眼でなんだか無防備なのだ。それに加えて寝相が悪いせいで乱れた衣服と髪も。
普段とは違う状態のソーに名前を呼ばれて首だけで後ろを振り返ると同時に抱きしめられた。
まず最初に感じたのは自分と同じシャンプーの香り。
そして唇に触れるだけの柔らかい感触。
「…おはよ」
「……おはよう」
火を扱ってる最中にちょっかいなどかけないでほしいのだが、自分に触れるだけの優しいキスをして微笑む目の前の美形は自分が文句を言う前にそそくさと洗面所へ顔を洗いに行った。
…そして、時間差でドキドキしてくる自分。
足元では手で空気をかき集めパクパクしているケット・シー。
シノは顔を真っ赤にしながらほんの少し中断してしまった調理を再開した。
しばらくして完成した料理をテーブルに並べていく。
メインの粉チーズのたくさんかかったほうれん草とあさりのドリアに、半熟玉子をのせたシーザーサラダとオニオンスープ。
キンキンに冷えたムギ茶を2人分入れて、リビングで料理の完成を待っていたソーを呼ぶ。
「ソー出来たよー」
「…朝から豪勢だな」
「む。なに、いらないなら俺一人で食べるけど」
「そーは言ってねーだろ。…せんきゅ、食べてい?」
「どーぞ。…いただきまーす」
二人で向かいあって座り、シノはサラダから、ソーはドリアから食べる。
二人の足元ではケット・シーが毛繕いをしていた。
「…ん、うまい」
一言そう呟いてから、料理を口に運ぶ手をソーは食事が終わるまで止めることなくもくもくと食べた。
文句言ったくせに。
シノは内心そう思いながらもぱくぱくと早いペースでドリアを口に運ぶソーに微笑みながら自分も食事を続けた。
平日の夕方ならまだしもこんなに手の込んだ料理は朝から作らない。
これはシノの些細な週二回の楽しみなのだ。
朝から二人で自分の作った料理をのんびり食べるのは。
「今日はなにすんの」
「とくに予定はねえ」
「じゃあ一緒にDVD見よ。買ってまだ見てないのあるんだよね」
「AV?」
「残念だけどアクション映画だよ」
食後にコーヒーをソファに並んで座って飲みながら今日の予定を話す。シノの膝の上ではケット・シーが丸くなって眠っていた。
立ち上がったシノはテレビに近づいてDVDをセットする。ちなみに立ち上がった拍子にケット・シーは床へ落ちた。
そしてまたソファへ戻ってくると今度は元々座っていた場所ではなくソーの膝の上に座る。ケット・シーは再度シノの膝の上に乗った。
そのうち映画に興味のなくなったソーが自分の膝の上に座るシノにちょっかいを出すのは目に見えている。
きっと彼は抵抗してみせるだろうが絶対に流されてしまうだろう。
今はまだ大人しくシノの椅子になってやろう。そんなことを企んで一人で楽しそうに笑ってるソーにシノは怪訝そうに見つめながら「なに笑ってんの」と言う。
「なんにも」
とある土曜の、正午の話。
……
ケット・シーが食べてるのは空気じゃなくてシノの魔力。
人間は基本外に漏れる魔力とかは見えません。