「ソーのばかっ、なんで殴るの!」
えぐえぐびーびー、F寮の二人の部屋に戻って来てしばらく経ってもソファに座るソーの膝の上に乗って未だ泣き続けるシノ。ついでにその逞しい鍛えられた目の前の胸板をぽこすか殴る。
先ほど、ソーがシノの友だちを食堂で殴って、蹴って、蹴って、蹴ったのだ。
ソーは本当なら周りは人で溢れて仕方ないほどの容姿を持ち合わせているのに、この学園には生徒たちから敬遠されるほどソーの悪い噂がたくさん流れている。
大体噂は真実だし、実際暴力だってたくさん振るってきた。ーシノは振るわれたことはないがー本当にソーがその手で人を殴っているのをシノは初めて見た。
シノはソーに愛されている自信と自覚がある。自分に近づく者全てがソーは気に食わないのだという気持ちも理解できる。
でも今までは、ソーはシノの好きにさせてくれていた。
誰と喋るな、とか。逐一居場所を報告しろ、とか。そんな束縛は一切無かったし、自分がソー以外の人間と関わっていたって嫌がる素振りを見せたことも無かった。
それなのに、ソーは一体何故いきなりミサカに暴行を加えたのか。
「あいつだろ、お前がSに戻りたい理由」
シノはああ。と思った。
一ヶ月前、F落ちした時にソーになんでSに戻りたいのか聞かれた時があった。
シノは一年前、Sクラスに転入してきた。
そこで初めて出来た友達がミサカだった。
今まで過ごしていた環境とは全く勝手が違う場所で、右も左も分からないシノをいろいろ助けてくれた。
周りはそんなシノとミサカの仲を良くは思わなかったようだが、ミサカが側にいてくれたから周りなんて気にしないようにしていたし、ミサカ本人とも仲良くやれていたはずだった。
だけどある日、突然ミサカがシノを無視し始めたのだ。
最初は自分がミサカの気に障る事でもしたのかと不安になった。そして自分の存在をないものとして扱うミサカに腹が立った。しかしミサカは何も答えてはくれない。結局シノは定期テストでAクラスに落ちてからミサカと関わる機会が全くないまま今日まで来てしまった。
Sに戻れるならもう一度ミサカとちゃんと話したい。
でも、またあんな風に無視されるのは嫌だ。
別に戻りたいとはっきり言ったことはなかったが、シノのそんな心の内をソーは見破っていたのかもしれない。
「…確かに、ミサカとはもう一度話したいって思うけど…それはクラスが違うと関わりが本当に無くなるから、喋る機会が全くなかったからで、だからSに戻りたいって言うのはちょっと違くて…」
ずびずび鼻をすすりながら答える。少し泣き疲れてしまった。ソーの逞しい胸板に顔を寄せる。とく、とく、と一定のリズムで動く心臓の音が聞こえた。
「Sクラス自体に未練とかは全くないよ。ミサカ以外はみんな意地悪だったし、ソーがいるFクラスの方がずっといいもん」
「じゃあ、ミサカと話す機会があればそれでいいんだな?」
「え?…うん、そう言うことだね」
「そうか。…分かった」
頭をぽんぽんと子どもをあやすように撫でられて高まっていた気持ちが落ち着いてくる。ソーの腕の中は心地いい。
自分を撫でるソーの右手をそっと掴む。
骨がゴツゴツ浮いた大きくて逞しい、ミサカを殴り飛ばした手。
「…いたい?」
その手は心なしか赤く腫れているように見える。
いくら喧嘩慣れしてるからって、自分と同じくらいの体格の男を殴り飛ばしたんだ。ダメージゼロなんてことはないだろう。
労わるようにソーの右手を両手で包み込む。
「いたくねえよ」
「ウソ」
「ホント」
責め立てるシノの気をはぐらかす為か、ソーは優しくちゅ、ちゅ、とシノの顔に触れるだけのキスをする。
「もう……ソー、不安だったの?」
ミサカを殴った理由。思い当たるとしたらそれしかない。
「俺の初めての友達、ミサカだったから…ヤキモチやいたんでしょ」
「……悪いか」
「俺の一番はソーだよ。それは絶対に変わらない。…信じられない?」
頭が悪くても、容姿は優れていなくても、ソーはこんな自分を愛してくれている。その愛の大きさが卑屈だったシノを変えた。
ソーの右手にキスを落とす。
「…ちょっと、余裕無かった。ごめんな」
「んーん。当たり前だけど、俺はミサカのことは友達としてしか見てないし、ソーは世界で一番大切なんだからね。…不安にさせて、ごめんね」
シノは力いっぱいソーを抱き締めた。
後日、保護者付きのシノがミサカと話し合いをし、無事仲直りできたのは別の話である。
つづく
……
ソーとシノが初めて会ったのがミサカに無視されはじめた時くらい。
「はじめて会った日」でシノはソーにテストに向けてのアドバイス貰ってましたが無事テストは不合格を貰ってました。
頑張ってもできない子かわいいです(萌)