虎石くんはやさしい人だ。ほかの人よりのろまな私のことを笑わないし、うまく喋れなくても根気よく会話を繋いでくれるし、いつも歩幅を合わせて歩いてくれるし、色んなお話をしてくれる。あと、お世辞だろうけど「かわいい」と言ってくれるところや、真っ直ぐに前を見る瞳が、私は好きだ。大切なおともだち。たまぁに見かける度に隣に居る女の子――彼曰く「子猫ちゃん」が変わっているのが少し不思議だけれど、どの子もきらきらしていて、ああ、彼に恋をしているのだなぁと、可愛いなあと思う。
 そしてそんな女の子を連れて歩く虎石くんは、とても生き生きとした、嬉しそうな表情をしていて、良かったね、となんだか胸があたたかくなるのだ。

「とらいしくんとらいしくん」
「んー?」

 ちゅー、とストローを使って運ばれてきた飲み物を飲んでいた虎石くんが顔を上げた。私はお昼ご飯にと頼んだオムライスを食べていて、彼を待たせているのは目に見えている。いつものように「待たせてごめんね」と言うと、「全然気にしてねーから謝んなって」と笑う彼に頬を突かれるのは、もはや慣例となっている。
 お休みの日に時々来るメールはいつも虎石くんからで、内容は大抵「一緒に遊ばないか」と声をかけてくれるものばかりだ。休日にお出かけすることが少ない私にとって、虎石くんと外で遊ぶのはちょっとトクベツなことだ。それに彼は、いつも私に初めてのことを教えてくれる。素敵なおともだちだ。今日も彼の優しさが身に沁みる。胸がじーんと温まるのを感じながらせっせとオムライスを食べていると、少し前の出来事を思い出した。何気ない、他愛ないものだけど、お話の種にはなるだろう。

「あ、あのね、この前ね、」
「おう」
「とらいしくんのこと、素敵な彼氏くんねって言われたの。私達はお友達なのに、それって違うのになあって思ったんだけど、それを言った人がね、昔から優しくしてくれてたお姉さんだったから否定できなかったの」

 もし今度会って言われたらちゃんと否定しておくね、ごめんね。と続けて言って笑う私に、虎石くんはちょっとだけ驚いた顔で目をパチパチとして、「否定することなんて無いだろ?」と言った。今度は私が驚く番だった。

「へ?」
「だって俺達付き合ってるだろ?」
「……つきあってるの? 私と虎石くんって」

 はて、と首を傾げる。要領の悪い頭をフルスロットルで回転させながら、ここ数ヶ月の彼とのお出かけを思い出す。一人では尻込みしそうなおしゃれなカフェに入ってみたり、ショッピングモールの中にある雑貨屋さんを見て回ったり、バイクの後ろに乗せてもらって、そのまま海まで行ってみたり、こうしてファミレスで一緒にご飯を食べながらお互いの近況を話したり。……これは、付き合ってるということになるのだろうか? 私は、いつの間にか虎石くんの「子猫ちゃん」になっていたということなのだろうか?

「うーん……いつから……?」
「えっ、マジで?」

 心底驚いたような顔をする彼に、ちくちくと罪悪感が募る。胸がとても痛いけれど、ほんとうにいつの間にお付き合いしていたのだろうか。……私、好きって言われたこと、無いはずなのだけれど。それに、と私は精一杯拙いながらも気持ちを伝える。

「虎石くんの彼女さんって、あのきれいでかわいい女の子……達? なのかな、見かける度に変わってるからどの子がわからないけれど、あの子達でしょう? いつも言ってるじゃない、かわいい子猫ちゃん達って」
「……なまえちゃんと付き合い始めてからは他の女の子達とは一回も遊んでねーし、それに俺、こう見えて一途なんだぜ?」
「い、一途って……」

 どういうことなの、と言いかけて、彼の射抜くような瞳にたじろぐ。いつも見ている優しくて明るい表情はそこには無くて――まるで肉食獣のような、狩人のような、ちょっとだけギラギラした、熱のこもった瞳が私を見ていた。何故だろう、彼に、虎石くんに見られてるだけで心臓がドキドキしだすのは、どうしてなの。

「毎回話しながらなまえちゃんに変な男が近づいてねーか探んのに必死だし、暇な時はいっつもなまえちゃんのこと考えてる。目をキラキラさせて笑ってる顔がすげー可愛いなって思うし、飯食いながら幸せそうな顔してたり、俺の顔見て笑ってくれるとこ、全部好き」
「う、うあ……」

 ぐ、ぐうの音も出ない。紡がれる彼の言葉でぶわわと熱くなる頬を手で扇ぎながら、視線を右往左往させる。目の前の食べかけのオムライスの存在なんて何処へやらだ。「……それとも誰か好きなやついんの?」なんて、そんなこと聞かないでほしい。私にとって虎石くんが初めての男の子のおともだちだったのだ、好きな人なんて居るわけ無いのに。頭のなかはとっくにぐちゃぐちゃにかき混ぜられていて、思考が覚束ない。でも、伝えないと。

「あ……あのね」
「ん?」
「あとで、あとでいいから……その、好きって、ちゃんと言ってくれる……?」

 わがままだってわかってるけれど、だって私、好きって言ってもらった記憶がないの。ちゃんと好きって言ってほしい。もごもごと口ごもりながらも伝えた気持ちはばっちり彼に伝わったようで、満面の笑みを浮かべた彼が私の頬を優しく撫でる。また一層、体の温度が上がった。

「なまえちゃんのそういうトコ、俺ちょー好き」

 そんな、蕩けるような甘い声で言われてしまってはもう会話もできない。それくらい頭が回らないのだ。きっと今の私の顔は茹で蛸のようになってるだろうけれど、でも、虎石くんの言葉が本当なら、私は知らず知らずのうちに、彼の一番好きなオンナノコになっていたということで。――それはとても、幸せだと思うのだ。
 私と彼はもう“おともだち”では居られないけれど、でもきっと、今までよりもっともっと、たくさんの初めてを知ることができるだろう。例えば、彼が子猫ちゃん達に見せていた、あの胸が温かくなるような笑顔を、隣で。

20170626