「黒子くん」
「お待たせしました」

 そう言って駆け寄ってくる彼は、手に紙袋を提げていた。どうやらクラスメイトたちは無事、彼を寿ぐことができたらしい。
「大漁だったねえ」紙袋を指さして笑うわたしに、彼は「まあ」と少しばかり照れた様子で、頬を軽く掻く。

「というか、ボクの見つけ方を教えたのはなまえさんですよね」
「あ、わかっちゃった?」
「わかるに決まってるじゃないですか」

 ボクをちゃんと見つけられるのなんて君くらいですから。
 事もなげに発せられた言葉に、わたしは「またそんなこと言って」とため息混じりに彼の脇腹をつついた。

「わたしじゃなくたって、テツヤくんのことを見つけられる人はたくさんいるよ」
「いいえ」彼は首を振る。「君だけですよ。初めて会った時から、いつでも『普通に』ボクを見つけ出してくれたのは、君だけですから」
「引っ張るねえ、そのネタ」
「老後まで引っ張る所存です」

 名は体を表すというけれど、彼――黒子テツヤという人は、その黒子という名字と同じように生まれつきひどく影が希薄だったという。
 目の前に居るのに認知されないのはもちろんのこと、自動ドアにすら無視されてしまうというまるでフィクションのような体質であった彼は、わたしがあまりにも普通に自分を見つけてくれたことに今でも驚いているようで(というのも、わたしにはいつだって普通に彼が見えているため、周りや彼が驚く理由がわからないのである)なにかとこのネタでわたしをいじってくるのだ。

「老後まで引っ張るってことはさ、わたしと老後まで一緒にいるってこと?」

 真面目な顔で応える彼に、わたしはすこしばかりいじわるな質問を投げかける。いつもなら、黙り込むか気持ち拗ねた顔をしてしまうような質問。
 しかし彼はパチパチと目を瞬かせて、澄んだ水色の瞳でわたしを射抜いた。

「そうですね。出来ることなら、君とおじいさんおばあさんになるまで寄り添えたらと思っています」
「……わ〜」
「重かったですか」
「いやいや、ぜんぜん」

 想像以上の答えに息が止まりそうになる。
 じわじわと頬が熱くなっていくのがわかる。すこしでも熱を逃そうと顔を手で扇ぐわたしに、彼はわざとらしく首を傾げた。

「黒子くん、結構いじわるだよね」
「そうですか? 最初にいじわるを言ったのは君だと思うんですが」
「ぐうの音も出ない」

 はあ、と肩を落とすわたしに、僅かに口元を緩めた彼は「なまえさん」とわたしの名を呼ぶ。

「なあに、テツヤくん」
「すこしわがままを言ってもいいですか」
「もちろん」
「……君からのプレゼントがほしい」

 貰えると思ったんですけど、と目をうろうろさせながら呟く彼は、わたしより背が高いのにまるで幼い子供のようだ。
 サンタのプレゼントを待ちわびる子供のようなあどけなさ。それがもう、どうしようもなく愛おしくって。

「テツヤくん」

 彼の腕を引いて、すこしだけ背伸びをする。
 くちびるを重ね合わせ、離す瞬間、舌先でぺろりと彼の唇を撫でれば、ビクリと震える彼の肩。
 硬直する彼に、わたしは急いでスクールバッグから取り出したそれを押しつける。

「お誕生日おめでとう、テツヤくん。今日も明日もずっと好きだよ」
「……なまえさん」

 室内競技とはいえ、運動部の男の子にしては真っ白な肌がうすく桃色に染められている。これじゃどっちが男ですどっちが女かわからない。

「プレゼント、開けてみて」

 促すわたしにどこか夢見心地にうなずきながら、彼は包装されたそれを丁寧に広げる。

「……手帳と、ブックカバー、ですか?」
「ありきたりなものでごめんね」
「いえ。……嬉しいです、すごく」

 彼の目を釘付けにしているのは、厳選して選んだ手帳だ。
 正直、プレゼントがそれなのはどうかとも思ったのだけれど、持ってるだけで少し大人になれたような気がして、わたしは嫌いじゃなかった。
「これ」じっと手帳を見ていた目がわたしを見る。「同じやつですか? なまえさんのと」
 さすが目ざとい。気恥ずかしさを誤魔化すように笑ってうなずいたわたしに、彼はもう一度、噛み締めるように「うれしいです」と囁いた。

「気に入ってもらえてよかった。どうせならおそろいがいいなって思ったから」

 彼が目を見開く。女の子顔負けの大きな瞳に映るのがわたしで良かった。彼の瞳越し、頬を赤くしている自分に笑ってしまう。

「……なまえさん」
「なあに?」
「不意打ちはずるいです」
「え〜? はは、いつもはそっちが不意打ちしてくるじゃない」
「ボクのお願い、聞いてくれますか?」
「なあに?」
「来年も……再来年も、ずっと隣で、ボクのことを祝ってください」

 指先でやさしく手帳の表紙を撫でながら、まるで一世一代の告白をするような顔で、彼はわたしにそう告げた。
 想像していたよりもずっと初々しくて可愛らしいお願いに、わたしは大きく頷いた。

「もちろんですとも」

 それから、と彼の頬をツンとつつく。

「もっとすごいことも応相談」
「……ありがとうございます。あと、女性がそういうことを言うのは良くないと思います」
「据え膳がある方が男の子は盛り上がるんでしょう?」

 委員会で先輩方に貰った助言をもとにした行動である。文句があるのなら先輩に言うといい。まあそんなこと、彼は知らないのだけれども。
 少しばかりムッとした表情で(とはいえ、ほんの微々たる変化だが)彼は、「鵜呑みにしないでください」と言い、頬をつついたわたしの手を包み込むように握る。

「確かに、ボクも男ですから――」

 与えられてばかりではいけませんよね。
 呟くが早いか、わたしの唇は無事に奪われたのだった。


20230131