あらすじ…誘拐した人に手料理を作りました。
06
「……どうでしたか?」
ぴくぴくと痙攣をしながらカーペットに横たわる馬乃介さんに、私は満面の笑みを浮かべて尋ねた。
しかし馬乃介さんは返事をせず、箸を手に握りしめたまま汗をビッシリとかいていた。
「お……おお……」
「お?」
「おお、お……おおお……」
「……美味しいですか?」
私が不安げな表情で馬乃介さんに顔を近づけながら尋ねると、ものすごい量の汗をかきながら親指をビシッと立てて言った。
「オリジナリティ溢れる、元気な料理だな!!」
どうやら、私の料理は知らない間に元気あふれるモノにまでレベルアップしたらしい。
元気あふれる料理とはなんだろう。ぜひともグーグレ先生にお聞きしたいものだ。
「私、馬乃介さんのおかげで自信がつきました」
「そりゃ良かった。だが今度からは俺も一緒に手伝うぞ」
「え? どうしてですか?」
「同じ過ちを二度と犯さぬよう……じゃなくてだな、アンタの料理をする姿を目に焼き付けたくてな」
「嫌ですよ気持ち悪い。食べ終わったらさっさと帰って下さい」
てのひらを返すように切れ味鋭い言葉を私が言い放つと、馬乃介さんは気に入らないのか顔をしかめた。
そして箸をテーブルに置いて私の手を強く掴んだ。
「そんな言い方はないんじゃねえのか?」
「なっ……離して下さい!」
「いいか、名前! 俺はアンタが好きだ。ならばどんなアンタも目に焼き付けたいのが男ってもんじゃねえのか?」
「ななな、何を言い出すんですかいきなり!」
突然の告白に心臓が跳ね上がり、顔が熱くなるのを感じた。
何度言われても慣れない。このままでは彼の勢いに呑まれてしまう。
「俺は真剣だ! アンタを愛している!」
「愛しているなら料理を全部食べてください!」
「おう!」
私の言葉に、馬乃介さんはパッと手を離して再び料理を食べ始めた。
精一杯無理して飲み込んでいるように見える。
まるで、さっさと皿の上から存在ごと消してしまおうという気迫すら見えてくる。
しかし飲み込むごとに痙攣を起こす馬乃介さんは見ていて滑稽なもので。
私はコンビニであらかじめ買っておいた弁当を温め、食しながらその光景を見ていた。
「ご……ち、そ……さ……」
「どういたしまして」
馬乃介さんは食べ終えると同時に気を失った。
お皿が綺麗になるまで、痙攣15回、失神7回はしていたであろう。
とんだポイズンクッキングだと自嘲しながら私は片付けを始める。
ピンポーン。
その時、家のチャイムが鳴った。
「はーい!」
私は流しに食器を置いて、急いで玄関へ向かう。
覗き穴からどちら様かと覗いてみれば……驚愕した。
私が勤めている会社の社長がそこへ立っていたのだ。
やばい。
やばいやばいやばい。
私は今日、仮病を使い仕事を休んでしまった(正確には休まされてしまった)。
そして部屋には欠勤の電話をした"自称"夫の馬乃介さんが居る。
嘘で塗り固められたこの部屋に社長がやってくるなど、正直者な私には色々と耐えられるわけがない。
どうする?
馬乃介さんを夫と言い通す?
いや、そんなのは嫌だ。無理とか駄目とかそういう以前の問題。
そもそも馬乃介さんは夫じゃないしただのストー……
「なんやおらんのかァ? って……開いたやんけえええええ!!」
「ひやああああああああッ!?」
私が考えている間に、社長は平気でドアノブを回して玄関を開けてきた。
ところで鍵を閉めていたはずなのに社長が回した時に『ガチャガチャバキメキィッ!』って音がしたんですが、その『バキメキィッ!』の部分は何なのでしょうね、知ってますよ鍵が壊れた音ですよねわかってます現実から目を背けたかっただけです!
鍵の壊れたドアを開けて立っていたのは、虎と竜の立派な刺繍が胸元に入った朱色のスーツを着て胸元に金色のチェーンをぶら下げている社長。
「なんや名前ちゃん……出るのが遅いやんかああああ!!」
「ひいいぃごめんなさいごめんなさい!!」
出るのが遅いっていうか出てませんっていうか勝手に入ってきたといいますか!
とにかく虎のように吠える社長が私に向かって怒鳴りつける。
私は身をすくめて両手で頭を押さえた。
「怒ったわけやない! 熱出たと聞いとったが、元気そうでなによりや! ワハハハハ!」
「あわわわ……すみません……!」
社長兼上司である芝九蔵さんは私の頭をガシガシと撫でて豪快に笑った。
この人、一見おっかなそうだけど実は優しいところもそれなりにあると私は知っている。
しかし仕事面では非常に厳しいので、なるべく休みたくはなかったのだ。
「ところで具合は? 熱はどないや?」
「あ、す、すっかり良くなりました! 明日からは出社します! その、ご、ご迷惑をおかけしてすみませんでした!」
「そうか、安心したで。ワイの大事な大事な社員やからのう……?」
目元を細めてニヤリと笑う社長。
私は背筋に何かが這うような気持ちの悪い感覚がして、軽く鳥肌が立った。
……それよりも馬乃介さんと社長が出遭ってしまう前に早くお引取り願わないと!
きっと水と油のような関係になってしまうに違いない。
「何だ? アンタは」
「ああ!? 誰じゃ貴様アアアアァ!!」
って、早くも私の思惑と正反対の流れに!
「馬乃介さん、気が付いたんですか!?」
「ああ、名前の愛くるしい手料理を食べたら腹も心も一杯になってちょっと寝ちまったぜ」
手料理を愛くるしいと表現されたのは初めてだ。
まあ、そんな事はどうでもいい。
「馬乃介さん、こちら私が勤めさせて頂いている会社の社長の芝九蔵さんです。社長、こちらは私のスト……」
「夫です」
「違います」
馬乃介さんの言葉を遮って即座に否定した。
しかし危ない……『私のストーカーです』なんて紹介してしまうところだった。
「夫ォ……? そう言えばうらみちゃんがなんか言うてたなぁ……貴様がその夫か!? どうなんやワレェ!」
「いつも嫁がお世話になっています」
「だから違います!」
「どっちやボケエエエェ!!」
「正確には、『将来の夫』と言うべき存在だろうな」
「だから……!!」
いや、待てよ……ひょっとしたらそれで通したほうが良いのかもしれない。
ここで私が『夫じゃない』と言い張ったところで『じゃあ何だ』となり、『ストーカー』ですと言えば通報してくれるだろうか。
『友人』の一点張りで通ずるかも怪しい。何より馬乃介さんの存在自体が怪しい。
……何を考えてるんだろう、私は。
さっきは馬乃介さんに付き合うと言いながら、今はそんな卑怯なことを考えている。
その場しのぎでいい、とにかく説明をしなければ。
「……です」
「ああ? なんやァ?」
「しょ、しょ、将来の夫……です!」
「な、なな、なんやとおおおおぉぉぉ――!?」
「名前――――――ッ!!!」
驚きと喜びの叫び声が玄関で響き合い、非常に近所迷惑だなあと私は思った。
(20120511 修正20160727)
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Smotherd mate