【木ノ葉時代】

4歳の頃、父親と水無月の務めを果たすため、その務めを終わらせるために母親と双子の姉と今生の別れをし、水無月の本家から木ノ葉の里へ口寄せされる。木ノ葉では冷たい雨が降っていた。自分と父親を変な面を被った人たちが武器を持って向けていた。ただ怖かった。郁の木ノ葉の印象である。その後は祖父が使っていたという家で父親と2人で暮らしながら郁はアカデミーへ通う。水無月だから、優秀な暗部とマンツーマンで忍としての手ほどきを受け、学び、成長していく。同い年のうちはイタチと出会ったのはアカデミーへ通い出してまもなくのことだった。父親は既に忍として生き始め、特別上忍として働く日々。支えてくれたのは波風ミナトや猿飛ヒルゼン。しばらくは順調だった。順調過ぎた。

郁は8歳で下忍になり、10歳で中忍試験を合格した。その頃から父親が目に見えて憔悴していた。数年続いた、現代とは真逆の死と隣り合わせの日々。水無月だからとここへ来たが、優しい父には無理だった。逃げた。暗い夜、初めて木ノ葉へ来た時を彷彿させるような雨の降る夜。走った。追いかけてくる大勢の忍を振り切るために、死と隣り合わせの日々から抜けるために。でも、追いつかれた。問答無用で戦闘になる。幼い頃から忍としての教育を受けた水無月は郁が初めてで、その能力の高さに木ノ葉の忍は尻込みしていたが、父親は違った。心など殺しきれない。だって限界だから逃げたのだから。父さん、と声を上げようとした郁の目に映ったのは、兄のように慕っていたはたけカカシがクナイで父親の胸を貫いているところだった。

それからは覚えていない、父親が逃げなさいと言ったから走った。郁だけでもここから抜け出してと、そう言った気がした。なんでこうなってしまったんだろう。なんで父さんなの、なんで私なの、なんで水無月なの。呼ばれたのになんで殺されなきゃいけないの。唯一の肉親を、自分が懐いていた人が殺した事実がまだ10歳の郁を押しつぶす。どこか、どこか遠くへ。木ノ葉なんか嫌いだ、違うどこかへ。雨でびしょ濡れになって、泥の足場を駆け抜けた郁が出会ったのは赤い雲が描かれた黒い外套の、仮面を被った人だった。

差し出された手を迷いなく取った。助けてほしかったから。衝撃的な出来事と疲労が相俟って、郁は木ノ葉での記憶が曖昧になった。しっかりと忘れずに覚えているのは木ノ葉への嫌悪や憎悪、個人で名指すならはたけカカシへの。誰かとアカデミーからの帰り道にたくさん話して遊んだ気がする、けれどそれが誰だったのか、どんな話をしたのか、靄がかかってよくわからない。


戻る
ALICE+