◇ 「ね、和(かず)。今日も和の家行っていい? 和の論文に使った本、アレ参考にしてみたい」 大学の講義が終了して、机にあるノートやら資料やらを片付けている最中。 何気ないふうを装って、俺は隣にいる親友の、和に顔も合わさず、そう言った。 「……またか……」 そう言って、ため息をつく和の顔は、見なくてもわかる。 普段、眉一つ動かさない彼の無愛想な姿も増して、片眉をヒクヒクさせてさらに無愛想になっているだろう。 その理由は知ってる。 和は、俺の本当の目的を知っているからだ。 ――そう、俺の目的は和の家に行って論文の資料を探すことじゃない。 本当は――……。 「家に来ても、ナツが居るとはかぎらんぞ?」 和は、俺の考えを見透かし、薄い唇をへの字に曲げたまま、言葉をにごした。 「そうかな?」 いる。 いるよ、きっと……。 なんとなく、そんな気がするから……。 和が言った彼――ナツくんは、俺が想いを寄せてる人でもあり、和の弟でもある。 黒縁メガネに隠れた、大きくてキラキラと輝く陰りのない真っ直ぐな瞳が気になって、気がつけば、彼にどっぷりハマってる。 「お前……本気なのか?」 鼻歌を歌いながら帰る準備をしている俺に、怪訝(けげん)な顔をして尋ねてくる和。 この無愛想なムッツリ和くん。 実は彼、恐ろしいほどのブラコンだったりする。 「あの、去るものは追わずの香弥が?」 彼が心配そうに訊ねてきたのは、今まで俺が付き合っていた彼氏やら彼女を取っ替えひっかえしてきたから――。 言い寄ってくる人は数知れず、男女問わず来るもの拒まずな俺、 香弥は自分で言うのもなんだけど、理学部の中でも、けっこうモテる。 猫みたいに気まぐれな性格で、それがまた好きだと言われて、もともと楽しく話したりするのが好きだったから、試しに色々な人と付き合ってみたものの、どの人も、俺を束縛しようとして、パス。 俺は俺の自由に生きたいし、誰にも俺を束縛なんてしてほしくない。 その代わり、俺も束縛なんてしない。 そんな俺の性格を唯一理解してくれる、腐れ縁とも言える和。 だから、和が眉をひそめるのもわかる。 「うん、本気」 ナツくんを意識し始めたのは、実は最近――。 和が大学に忘れ物を取りに行っている時だった。 俺はいつものように和の家にお邪魔して、彼の部屋で本を読んでいた時かな。 ちょうど、当時付き合っていた相手から電話があって、やっぱりソイツは俺を束縛してきたから、別れようって切り出した。 当時付き合っていたのは男で、けっこう感情的になりやすいヤツだった。 それで、別れを切り出した俺のことで相手がキレて、今まで溜まっていた鬱憤(うっぷん)もあったんだろう。 耳元でたくさんの罵声を浴びせられた。 これはいつものことだ。だから俺は、いつものように、相手が話しているのにもかかわらず、電話を切った。 その時だ。 ナツくんが、ちょうどタイミング良く、和の部屋の前に居たんだ。 彼は、手にしていたおぼんに、ティーカップとお菓子を乗せて呆然と立ち尽くしていた。 おそらく、相手からの罵声が、電話越しからも聞こえていたんだろう。 俺は返す言葉もないまま、ナツくんを見つめていたら、彼はテーブルにおぼんを置いて……。 黒くて大きな瞳が、心配そうに俺を見つめていた。 「……怒られちゃった」 普段だったら、放っておいてくれと突き放すハズなのに、その時の俺は、ただただ苦笑していた。 そうしたら、ナツくんは何も言わず、項垂れた俺の頭を撫でたんだ……。 差し伸べられたその手が、とても心地良かったのを、今でも良く覚えている。 ……もう、限界だったのかもしれない。 自分でも気づかないうちに――付き合っていた彼氏や彼女たちと別れを繰り出すうち、身から出た錆(さび)とはいえ、相手から心無い言葉を幾度となくぶつけられ、そうして、俺の心は傷ついていたんだ。 そのことを、ナツくんが教えてくれた……。 俺はきっと、気まぐれな自分でも受け入れてくれる人を探していたのかもしれないと……。 「ナツくんは別。未来のお義兄さんに嘘はつかないよ」 ナツくんを大切にしたい。 いつの日か、そう思うようになった。 「お義兄さん……それはやめてくれ。寒気がする……」 「え? 寒気? 風邪じゃない? 体は大切にしなきゃ。じゃ、俺が送っていくよ」 誰のせいで……と、ぽつりと呟いている和だけど、そんなのは無視。 ……ふふっ。 ナツくんに会える。 俺は上機嫌になって手を動かし、帰る支度を急いだ。 ………*・゚。:.* 「ただいま」 無愛想な和が玄関のドアを開ける。 そうして顔を出すのは彼の弟のナツくん。 ……訂正。俺の想い人であり、今は恋人のナツくんだ。 「あ、おかえりなさい。香弥さん……いらっしゃい」 ほんの少しの間、和を黒い瞳に入れるけれど、すぐに俺に視線を向けてくれるナツくん。 頬が赤く染まっている……。 かわいいな……。 「こんにちは」 にっこり微笑めば、視線を逸らした。 恥ずかしいんだろう。 さっきよりも顔が赤くなっている。 あ〜、もう可愛い!! 今すぐ抱きしめたい!! だけど、和がいるから無理なわけで……。 あ、そうだ。 「ナツくん、和ね風邪みたいなんだ。気分が悪そうだからひとりにしてあげたいの。ナツくんの部屋に行ってもいい?」 「えっ?」 「おい!!」 和は何か抗議している目を向けるけど、そんなの知らない。 だって、寒気がするってさっき本人が言ってたし? 「じゃ、ナツくん行こっか〜、お邪魔しま〜す」 「へ、あ、あの……」 ナツくんの華奢な背中を押して和は放置。 「おいっ!!」 後ろから和が抗議しているけれど、そんなの無視。 勝手知ったる俺は、ナツくんの背中を押して、先へと進む。 ――パタン。 「あ、あの……香弥さっん、ぅ!!」 ドアを閉めた直後、俺は彼のメガネを外し、小さな唇にかぶりついた。 だって、もう限界。可愛いナツくんが欲しくて欲しくてたまらないんだ。 こんなに俺をナツくん漬けにしたのは、他でもないナツくん本人だ。 「ん……んっ」 俺は唇にしゃぶりつき、彼の口内に自らの舌を差し入れる。 こうして、俺はナツくんと二人きりになればすぐ、キスをする――。 少しは慣れてくれた俺の口づけに、ナツくんは差し入れられた俺の舌を、おずおずと絡め返してくれる。 その不慣れな仕草も可愛くって、ナツくんのすべてを奪いそうになってしまう。 だけど、実はまだ、そういった行為はしていない。 それはナツくんを大切にしたいがゆえだ……。 今までの俺なら、付き合っている相手と会えばすぐ、身体を求めていた。 だけど今は違う。 相手がナツくんだと、そうはならない。 以前なら、考えられなかったことだ。 それだけ、ナツくんが可愛いっていうことだ。 「ん…………」 だけど、ナツくんの官能的な声が俺の身体に響く。 彼を欲しているのもたしかだ。 もたげてきた感情に蓋をするべく、俺はナツくんと重ねていた唇を外した。 絡ませ合った舌に、唾液の糸が繋がるその先では――俺のキスが気持ちよかったんだろう。ナツくんの黒い瞳が潤んでいる。 艶っぽいその表情も可愛いい……。 ああ、これ以上二人きりいると、ほんとにヤバい。 和がいるっていうのに、この場で組み敷いて、すべてを奪ってしまいそうになる。 現に今でも、俺の視界には、潤む瞳を向けて頬を赤らめるナツくんと、後ろにあるベッドばかりが見える。 「和の様子を見てくるね」 俺は後ろ髪を引かれる思いでナツくんにメガネをかけ直してあげて、なんでもないふうを装って背中を向けた。 そうして俺は、ナツくんの部屋のドアを閉め、蠱惑的(こわくてき)な彼を視界から除外する。 ナツくんを想うあまり、急いで部屋を出たから気づかなかった。 視界からナツくんを追い出す時の、彼の悲しそうな表情に……気づいてあげられなかったんだ……。 それを知ったのは、その後だ――……。 「早かったな……」 ナツくんの隣にある部屋を開けて、戻ってきた和の部屋。 さっきいた漫画やら可愛い小さなマスコット人形が乗っていたナツくんの机とは違って、相変わらず本だらけの殺伐とした机に苦笑してしまう。 和とナツくんは両極端で見ていて楽しい。 「うん、だってもともとは論文の資料になる本を見せてもらうっていう約束だから」 俺はそう言って、高い本棚に手をかざし、目的のものを取り出した。 「ほう? てっきりそれは口実で、ナツが本当の目的だと思ったが?」 和は本当に俺をわかっている。 だから余計に困ったり、逆にほっとする部分もあるんだけれど……今は困る方だ。 内心で抗議しそうになる声を抑え、手にしていた本を開く。 「うん、だけどもう用事終わったから……」 俺がそう言った直後だった。 ……カシャン。 部屋のドアのすぐ後ろで何かが割れる音がした。 何事かと思ってドアを開けると、すぐそこには艶やかな黒髪の頭頂部に可愛らしいツムジが見えた。 足下には、欠けたコップの破片とコップ……。 それから、コップの中に入っていたんだろう、液体で濡れた床――……。 それらはナツくんが落としたらしい。 「あ、えと……ごめんなさい……」 「大丈夫? 怪我は?」 割れたコップを拾おうとする両手を掴んで止めたら――。 パシンッ。 ――俺の手が、払われた。 「へいき……」 消えそうになる声に、意味もわからなくて戸惑っていると、ぽたり。ぽたり……。 また新たに床が濡れていく……。 「ナツくん?」 一向に床から視線を外さないナツくんが気になって、顎を持ち上げたら……。 「……っつ……」 ナツくん? 「ごめっ!!」 彼は大きな瞳を濡らし、俺から走って逃げた。 え? なに? ナツくんが頬を濡らしていた理由がわからない。 為す術もなく、その場で立ち尽くしていると……。 「お前……さっきの言葉、絶対勘違いしたぞ」 「え? さっき?」 ――ダケドモウ用事ハオワッタカラ―― たしか、俺はそう言った。 「あ…………」 そこで気がついたのは、ナツくんと恋人のような甘い会話もろくにせず……。 ここへ来てナツくんとした事といえば、キスだけだということだ。 まさか、キスをすることだけが、俺の用事だと思われた? ナツくんは、俺と付き合う前の、当時の俺を知っている。 俺が……取っ替え引っかえ恋人を替えていたという事実を――……。 ……パタン。 放心したまま動けずにいると、どこか遠くの方で、ドアが閉まる音がした。 それは、ナツくんが家を出たっていうことだ。 「それでお前は、俺の弟に対しても、『去る者追わず』になるつもりか?」 和に言われて、我に返った。 ――そうだ。こんなところでショックを受けてる場合じゃない。 「……っ!!」 俺が一歩足を踏み出せば――。 「おい」 後ろから和に呼びかけられた。足を止められたことで半ば苛立ちながら振り向けば、視界に飛び込んでくる銀色のモノ……。 「しばらく帰ってくんな。勉強の邪魔だ」 無愛想な和の声と、ほぼ同時に空中に放り投げられた銀色の物体を掴み、手の中のモノを見れば、車の鍵があった。 「ありがと」 俺は振り向きもせず、和に礼を言うと、ナツくんの背中を追った。 オレンジ色の夕日が、たった一人、小道を走る小さな背中を照らしている。 見つけた。 「まって、ナツくん」 背中越しで呼び止める俺の声に、彼はビクンと背中を震わせたものの、それ以外に何も反応を見せず、走り続ける。 「ナツくん!!」 やっとある程度近づき、ナツくんへと伸ばした俺の手は――……。 「……っつ、やっ!!」 パシンッ。 一度ならず、二度までも手を払いのけられた。 あーーーーっ!! もうっ!! なんで一度ならず二度までも手を払われなきゃなんないの? 苛立ちながら、小さく震わせた肩を無理やり掴み、立ち止まらせると、問答無用で細い腕を引っ張り、角を曲がる。 「やっ、離して!!」 離す? 冗談でしょ。だってこの恋は俺にとって大切な物で失いたくないかけがえのない想いなんだ。 「イヤだね」 その声はとても焦っていたおかげで、低い、唸るような声になっていた。 おかげでナツくんが何も言わなくなったのは、良かったのか悪かったのか……。 彼は相当、自分を嫌っていると思ったらしい。 そもそもそれは大きな間違いだ。 第一、嫌いなら追わないって……。 ――俺は駐車場にある和の白い軽自動車に鍵を差し込み、ナツくんを助手席に押し込めると、俺もすぐ運転席へ乗り込んだ。 「シートベルトをして」 横目でナツくんを見ると、彼は、びくりと肩を震わせ、唇を噛み締めながら言われるままに、俺の言うことを聞いてくれた。 きっと別れを告げられるとか、そういうことを思っているのだろう。 普段、俺は人と話すのが好きなくせに、こういった状況になると言葉足らずになるところに嫌気がさす。 俺は自分自身に苛立ちながら、車を走らせ、そうして向かった先は、やっぱり駐車場だ。 車を止めて、ふたたびナツくんの細い腕を取り、そのまま少し歩く。 その先にあるのは、こぢんまりとした小さなホテルだ。 ここは昔から利用している場所で、勝手がわかる分、気が楽なんだ。 そのまま、ナツくんを引っ張り、ホテルの中へと進む。 カウンターの人間に、空いている部屋を訊ねた。 幸い空き部屋があるらしく、鍵をもらい、渡された鍵と同じ部屋へ向かう。 鍵を開けて入った少し先には、ベッドが転がっている。 そのままナツくんを押し倒し、ベッドに沈ませた。 「ど、して……ここにくるの……」 「……ナツくん?」 噛み締めていた唇をやっと解き、そう言った彼の言葉は悲しみに溢れていた。 ああ、やっぱり俺がナツくんを振ると思っているようだ。 「……僕じゃダメだった……。今まで誰とも付き合ったことがない僕じゃ、香弥さんを楽しませることなんてできなかった。僕は特別可愛いっていうわけでもないし……。今まで香弥さんがお付き合いしていた人はみんな容姿がいいばかりだっていうし……きっと長くは続かないって思ってた……けどっ……こんなの……ひっく……」 頬を伝う涙はとめどなく溢れている。 その姿を見るのは、とても胸が痛い。 「ナツくん、聞いてあのね……」 「いや、聞かない!! イヤっ!!」 優しく話そうとするする俺を否定するナツくんの姿が、悲しい。 俺の方がナツくんと離れられないのに、どうして、俺がナツくんから離れると思うんだろう。 「ナツくん!!」 俺は、首を振り続けるナツくんを強く抱きしめ、大人しくさせた。 「っふ……っふぅ……ひっく……」 ナツくんの泣き声は、尖ったナイフのように俺の胸を突き刺す。 「俺はナツくんが好きだよ? そりゃね。告白も、軽いもののように聞こえたかもしれないけれど、どうかわかって。君だけなんだ。俺をこんなふうに追いかけさせるの……ナツくんだけなんだ……」 縮こまるナツくんを抱きしめ、どうかわかってほしいと説明する俺の今の姿は、きっとナツくんが初めて見る――誰にもみせたことのない俺だ。 ナツくんにだけ、見せる俺の真実(ほんとう)――。 「ナツくん、好きだよ。誰よりも……今まで付き合ってきたどの人間よりも。比べようもならないくらい」 ナツくんの心に直接語りかけるよう、ゆっくりと告白する。 「さっき……用事は終わったって……」 ああ、やっぱりそう思われていたんだ。 違うんだ。 俺が言いたかったのはそうじゃない。 「ナツくんといるとね、俺は君を奪いたくて仕方がなくなるんだ。だけど、もっと一緒にいたいっていうのも事実でね……どうしようかと思ってしまう」 意気地のない自分に苦笑を漏らしてしまう。 「奪ってくれていいです。僕、貴方が手を出さないのはきっと魅力がないからだと思ってました」 グスン、と鼻をすすり、一生懸命、言葉を連ねるナツくんが可愛い。 そう言ったナツくんの顔は、朱に染まっている。だけど少しずつ挑むような目つきになっているのは気のせいだろうか。 しばらく、彼の顔を見つめていると……。 「抱いてください……。僕をここに連れてきたの、そういう意味も含めてだと思わせて……?」 「っつ!!」 俺が予想していなかった言葉に、俺の心がさらに膨らんだ。 なに、その殺し文句。これ以上、俺をナツくん漬けにしてどうするの!? 「っ……!!」 そう言ったナツくんは肩を竦ませ、震えている。 顔は――とても赤い。 さっき俺を誘惑したのに? そこで恥ずかしがるの? ナニそれ。 ああ、もう無理!! 「ナツくんどうなっても知らないよ? 初めはすごく痛いんだ」 ナツくんを強く掻き抱き、耳元に唇を持っていくと、耳孔へ息を吹きかけるように、告げていく……。 今までだってずっと彼を欲しいと思った。 だけど、こうして今の今になるまでナツくんを抱かなかったのは、痛い思いをさせたくないという気持ちと、もうひとつ……。 「……っん、いいです。大丈夫、きっと香弥さんなら……痛くてもへいき……」 「嬉しいな。じゃあ、もう止めないね」 いつまでもウジウジするのは俺じゃない。だからナツくんを抱くと、にっこり笑い、そう告げる。 ちゅっ。 可愛い小さな唇にひとつ口づけを落とした。 異性よりも同性の方が身体を繋げることは難しく、より困難なものになる。 抱かれるということがどういう行為なのかをまだ何も知らない無垢な彼は、今日を知れば、今後、俺に抱かれるのもイヤだと言うかもしれない。 ――そう、それこそが俺がもっとも恐れている部分だった。 『ナツくんに嫌われたくない』 その思いがあるから、ついついナツくんを抱く行為に、二の足を踏んでしまう。そうならないようにしなければ……。 「ナツくん、好きだよ」 俺が耳元でささやけば……ナツくんは頬を赤く染めて、コクンと頷いてくれる。 「ありがとう」 俺は、俺とナツくんを隔ててしまう邪魔なメガネを外し、彼の手が届かない場所へと置く。 ちゅっ。 「……っん」 額にも口づけを落とす。 ゆっくり……ゆっくり。 自分にそう言い聞かせ、大きな目にうっすらと涙を浮かべ、潤む瞳を見せるナツくんを、俺は奪っていく……。 ベッドを軋ませ、あれから何度もナツくんを求めた。 そして彼は今、俺の傍らで深い眠りに落ちている。 俺の下で何度も喘いだおかげでうっすらと涙を浮かべ、頬はまだ赤い。 唇は思い切り吸い付きすぎて赤く腫れている。 彼が無垢な分、こういう情事の後の色香がハンパじゃない。 ……ヤバい。 やみつきになりそうだ。ここまで俺を落としたんだ。とことんまで付き合ってもらうから、覚悟してね。 俺は、もう一度ナツくんの額に口付けして、一生離さないことを心に誓った。 そんな俺の想いを知っているかのように、目の前にある唇が、弧を描く。 「――好きだよ、ナツくん」 俺は彼の耳元で、そっと囁いた。 *END*