「ん……、寒っ……」

 いつの間にか寝てしまっていたのか、うっすらと開けた目に、テーブルの足が映り込んだ。
 カーペットを敷いているとはいえ、布団とは比べ物にならない固い床の上で、毛布一枚を被っただけの状態での寝覚めは、寒さと体の痛さの所為で最悪だった。
 せめてすぐ後ろにあるだろうソファーの上にあがっていれば、まだましだったかもしれないのに。
 昨夜飲んだお酒が、若干まだ残っているような感覚に、飲みすぎたかと記憶を辿るも、どれくらい飲んだのかはよく思い出せなかった。体を起こしてテーブルの上を見ればわかるだろうけど、今はまだ動きたくない。

 モゾモゾと毛布を手繰り寄せて冷気に晒されていた手足を温めながら、ぼんやりと今日の予定を考える。

「……起きたかよい」

 寝室に行って二度寝でもしようかと思っていた時、自分しか居ないはずの静かだった室内に、控えめに、だけどはっきりと耳に届いた音は、自分ではない誰かの声だった。
 昨夜再生していた映画は、最後まで見た記憶はないが、とっくに終わって自動で止まってるはず。ならば今の音源はなんだ? どこかで聞いた事があるような気がして、すぐに浮かんだのは、最近夢でお馴染みのマルコの声。

 いよいよ幻聴まで聞こえてしまう程に私の精神は夢に侵されたのか――そう思った途端、一気に気分は降下した。
 二度寝をするのはやめておいた方が良いかもしれない。こんな状態で寝てしまって、もし夢をみるなら、きっとそれはろくでもないものだろう。

 今日は久しぶりに部屋の片付けでもして、ついでにコタツでも出してしまおうか。
 どのみちこのまま横になっていては再び寝てしまいそうな自身に鞭を打ち、のろのろと起き上がった私は、次の瞬間、視界に入り込んだ光景に呆然とした。

「まぁ、そりゃ驚くだろうなァ」

「……よい」

 イゾウ、とおぼしき人物がポツリと漏らした言葉に同意するかのように、どこか哀れみを感じられる視線をこちらに向けるマルコ。
 その二人の傍らでは、サッチとエースがなんとも言いがたいように苦笑いを浮かべていた。

「……は、?」

 漸く自分の口から出た言葉は、あまりにも気の抜けたような、力の無いたったの一文字だった。それも、別に言おうとして言ったわけはなく、ほぼ無意識でのもので、脳は先程までの鈍さが嘘かのようにぐるぐると目まぐるしく回っていた。
 落ち着きなく巡る思考に、だけども一向にまともな考えが浮かばず、視線は目の前にいる四人へと固定される。

 夢の中の人物が何故ここにいるのか。正確に言えば漫画の中の人物なわけだけど、どちらにしてもこの世に存在する事はあり得ない。ならばこれは、この現状は夢なのだろうか。だけど確かにここは自分の部屋だし、意識も景色もはっきりとしてて到底夢の中だとは思えない。
 第一に、さっき私は眠りから目覚めたはずだ。なんなら寒さと体の痛さをしっかりと体感したのだ。ならばやはりこれは現実で――じゃあ今目の前に居るこの人達は何なのか。

 幻聴? 幻覚?

 そこまで思い至った私は、咄嗟にソファーに置いていたクッションに手を伸ばす。自分のすぐそこにあるそれを掴んだと同時に前方へと投げやれば、少し軌道が逸れて斜め前に進んで行った。
 ボスっと軽いような鈍いような音を発して止まったクッションは、エースによって受け止められていた。

「あ、ごめんなさい」

「お、おう」

 自分が投げたクッションの行方を追っていた視線がエースへと行き着き、その様を眺めた私は、意図せずに謝罪の言葉を口にしていた。
 対してエースは、若干の戸惑いを見せつつも、しっかりと反応を返してくれる。

「え、」

 またもや漏れた自分の声。会話と言うには微妙だけど、それがなされた事への驚きによって発してしまったのだ。
 いや、それ以前に、クッションを受け止められたということは、すなわち実体がそこにあるということ。つまりは――

「あー、その、なんだ……。とりあえず、落ち着こうぜ。な?」

 出だしの歯切れは悪かったものの、空気を変えるように発言したのはサッチだった。な? と言いながらこちらを伺う表情は、海賊という単語で連想されるイメージとは真逆なもので、こくりと頷き返したら、ニッコリと笑われた。

 その向けられた笑顔の所為なのかなんなのか、目まぐるしく脳内を巡っていた思考も次第に減速していく。
 だけどもやっぱり、“落ち着く”というとこまでにはいかなくて、新たに不安という感状が涌き出てくる。

 少しだけ、人一人分ほど後ずさった私に、四人は何も言わなかったけど、それぞれ小さな苦笑を浮かべていた。








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